北本市史 通史編 自然

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第2章 北本の地質

第1節 日本列島の誕生 

2 埼玉県の地質概要

埼玉県の地質は、地形と深い関わりを持ち、大別すれば秩父山地等の西部山地を構成する古期地層群、山地の東麓に張り出す丘陵群をつくる新期地層群と台地や低地を形成する最新期地眉群とに区別できる(『県史別編三』P二九)。
古期地層群は、秩父中・古生層やそれが変成作用を被(こうむ)った三波川結晶変岩類(さんばがわけっしょうへんがんるい)や奥秩父の中生層、吉見変成岩類などからなっている。
従来、秩父古生層は古生代後期の石炭紀から二畳紀(にじょうき)中紀にかけて(三億六〇〇〇万年前〜二億六〇〇〇万年前)、地向斜の海底に堆植した地層が本州造山運動によって海底から隆起し、日本列島の土台骨となる大山脈の構成層となったことで有名で、全国各地に分布する古生代後期の地層群を代表する名称となっていた。しかし最近では、秩父古生層の中からユノドントや放散虫(ほうさんちゅう)など中生代(二億五〇〇〇万年前)の化石も発見され秩父中・古生層と呼ばれるようになっている。

図12 埼玉県地質略図

(『埼玉県史別編3』P29より作成)

新期地層群は、秩父盆地や埼玉平野西縁の丘陵地帯に分布する礫岩・砂岩・シルト岩・凝灰岩(ぎょうかいがん)などからなる地層で、新第三紀の中新世から第四紀前期洪積世(二四〇〇万年前〜七〇万年前)の時代に該当する。
この時代は、東北地方や日本海側ではグリーンタフ変動が活発で、海底火山が繰り返す噴火は、緑色の独特なグリーンタフ(緑色凝灰岩・家屋の外構に利用される大谷石)を堆積した。
当時の関東地方は、奥秩父の山地や八溝山地(やみぞさんち)・足尾山地を除いて海底にあったと考えられているが、グリーンタフ変動の終期には秩父山地が急激に隆起し、海が退いて山地東縁に丘陵を発達させた。加治丘陵(かじきゅうりょう)の飯能礫層(はんのうれきそう)や岩殿丘陵(いわどのきゅうりょう)の物見山礫層などは、後退する海岸線に山地から河川が運んだ砂礫が堆積したものである。
西縁丘陵のうち、岩殿丘陵以北の児玉・松久・比企・吉見丘陵等は中新層の地層で構成され、以南の加治(かじ)・毛呂(もろ)・高麗(こま)・狭山丘陵(さやまきゅうりょう)等は下部洪積層で構成されている。
最新期地層群は、新生代第四紀後期(七〇万年前)以後の段丘堆積物や関東ローム層を主とする最も新しい未固結の地層であり、市域の位置する地域はもちろん埼玉平野の台地や低地全体を構成する。
最新期地層群は、中部洪積層・上部洪積層・沖積層に三分される。中部洪積層は西縁丘陵の段丘礫層・北部の児玉・松久丘陵(まつひさきゅうりょう)では高位段丘堆積物となっている(『県史別編三』P四五〜四六)。
台地を構成する上部洪積層は、山麓(さんろく)に近い台地では扇状地性の砂礫からなり、市域の含まれる平野中央部の大宮台地では砂や泥層が堆積し、その上位には武蔵野ローム・立川ローム・大里ローム等のローム層を載せている。
荒川低地・中川低地・妻沼低地(めぬまていち)・加須低地(かぞていち)や大宮台地の開析谷(かいせきこく)には沖積層が発達する。沖積層は、最終氷期に海面がニニ〇メートルも低下してできた侵食谷に、縄文海進の奥東京湾が進入して生じた浅海性の海成層や河川の延長・乱入によって埋積された砂礫層から構成されている。

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