北本市史 通史編 原始

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第1章 火山灰の降る中で

第3節 赤土に眠る文化

石器の移り変わり
旧石器時代の各種の石器は、製作の技法や形態など、それぞれに地域差や時間差をもって多様なありかたを示している。この一見雑多な石器群も、実はほぼ世界的な変化の流れに沿って発達していることがわかってきた。日本ではこの変遷(へんせん)を、全国各地に分布し、しかも使用された期間の長いナイフ形石器を指標(しひょう)として把握する研究者が多い。最近では、旧石器時代の移り変わりが、およそ三つの時期区分によって理解されている。
Ⅰ期は、ナイフ形石器が出現する以前の時期で、最近その存在が確実視されるようになった前期旧石器時代である。日本列島にヒトが現れてから、約三万年前までの期間で、層位的には立川口—ム層より下の武蔵野・下末吉(しもすえよし)ローム層の堆積期にあたる。Ⅱ期はナイフ形石器が出現・発展する時期であり、これ以降を後期旧石器時代という。この時期は、能率的に剥片(はくへん)を生産する石刃技法(せきじんぎほう)が発達し、ナイフ形石器を含め各種の石器を豊かに発展させた。そのためⅠ期とⅡ期の区分を石刃技法の有無で理解する研究者も多い。層位的には、次のⅢ期とともに立川ロームに包含される。Ⅲ期はナイフ形石器が消滅し、変わって細石器(さいせっき)が爆発的に流行する時期であり、細石器が終ると縄文時代へと移っていく。
このうちⅠ期は、大宮台地はもとより埼玉県でも見つかっていない。県内に埋存している可能性は大いにあるが、地表下二メートル以上の深さでは発見は難しい。したがって、ここではⅡ期以降について話を進めよう。
埼玉県における旧石器時代の研究を眺めると、県南部に広がる武蔵野台地での研究が以前から盛んであるのに対し、市域周辺の大宮台地は、少しばかり遅れをとっているようである。前述のように、大宮台地ではローム層の堆積状況が貧弱で、層位的な位置づけを基本に石器の編年(へんねん)を組立てるという手法がとりづらいというハンデもその一因であろう。しかしながら、最近では大宮台地でも本格的な調査の増加にともなって資料が蓄積され、本地域における旧石器の移り変わりをほぼ追えるようになってきている。

図7 大宮台地周辺の石器の移り変わり

大宮台地における最古の石器群は、浦和市の明花向遺跡(みょうばなむかいいせき)A区出土のもので、第二黒色帯(だいにこくしょくたい)下部から検出されている。ナイフ形石器は出土していないが、本来は伴う層位である。また、この層位からしばしば局部磨製石斧(きょくぶませいせきふ)が出土する。これは刃部を磨いているのが特徴で、石を磨くという新石器時代の特徴を示している点は世界的にみても類例がない。立川ローム層最古の石器群を構成する特異な存在である。大宮台地ではいまだ発見されていないが、県内では下総台地(しもうさだいち)の風早遺跡(かぜはやいせき)(庄和町)(しょうわまち)と武蔵野台地の藤久保東遺跡(ふじくぼひがしいせき)(三芳町)(みよしまち)で検出されている。
黒色帯の上層にあるハードローム層になると、石刃技法(せきじんぎほう)によるナイフ形石器がより発達する。この層では、角錐状石器(かくすいじょうせっき)と国府型(こうがた)ナイフ形石器の存在が特徴的である。国府型ナイフ形石器は、瀬戸内技法による横長の剥片を用いたもので、西日本に分布の中心があり、東日本に流行する石刃技法によって得られる縦長剥片を用いた石器とは対照的な存在である。ニッ家と桶川市加納にまたがる提灯木山遺跡(ちょうちんぎやまいせき)では、同一の母岩(ぼがん)で作られたこの二種の石器が発見されている。石器の製作技法は非常に保守的で、だからこそ地域色のある石器群が各地に分布するのであるが、この提灯木山遺跡の例は、本来は異なる地域の技術が接触した事実を示している。こうした文化の交流こそが、新しい文化への胎動(たいどう)を物語っているのかもしれない。
ハ—ドロ—ム層からソフトロ—ム層にかけては、茂呂型(もろがた)といわれるナイフ形石器が検出される。ナイフ形石器の中でも最も発達した段階で、形態も細身で整ったものである。提灯木山遺跡からは一つのユニットから六点が検出されている(写真7—①・グラビア)。
ソフトローム層のレベルでは、それまで全盛を誇ったナイフ形石器もしだいに衰退しはじめ、変わって尖頭器(せんとうき)が出現し、ついで細石刃(さいせきじん)が全国を席巻(せっけん)していく。ナイフ形石器と尖頭器、あるいはこれらと細石刃との関係はよくわかっていない。県内ではいずれも出土例は少ないが、市域では、尖頭器が八重塚遺跡(やえづかいせき)(原始P四四七)から三点が出土し、細石刃は、提灯木山遺跡で二点が検出されている。
細石刃がスピーディーに広がると、ついに旧石器時代は終焉(しゅうえん)を迎えるのである。

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