北本市史 通史編 原始

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第3章 米作り、そして戦争の始まり

第5節 農耕社会の発達とク二づくり

台付甕の出現

図39 台の付く甕

(『市史原始』P557より引用)

さて、弥生町式土器、前野町式土器など後期に大宮台地に広がった土器の大きな特徴は、食物の煮炊(にた)きに使用する甕(かめ)の底にコップを逆さにしたような台が付くことである。甕の底に台を付けると炉に甕を据(す)えたときに炎が底から当たるので熱の効率が良いという利点がある。台付甕(だいつきがめ)は、東海地方西部地域でまず最初に発明され、やがて関東地方へと伝えられた。しかし、このささやかではあるが画期的な発明は、東日本の全ての地域に受け入れられたわけではなく、また関西地方へも広まらなかった。普遍的(ふへんてき)に台付甕を使用した南関東西部のムラムラは東海地方の社会と密接な関係をもっていたことがわかる。

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