北本市史 通史編 古代・中世

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第5章 関東府の支配と北本

第4節 南北朝・室町期の北本周辺

馬室郷の動向
応永(おうえい)二年(一三九五)七月二十四日、前将軍足利義満は馬室(まむろ)郷(鴻巣市滝馬室(たきまむろ)・原馬室)などを上杉 憲定(のりさだ)に安堵(あんど)した(古代・中世No一四二・一四三)。ついで同郷は、応永十年(一四〇三)正月十六日に憲定により、父憲方の菩提(ぼだい)を弔うため鎌倉の明月院(めいげついん)に寄進された(古代・中世No一四七・一四八)。
馬室郷がいつ上杉氏の所領となったかは不明だが、武蔵国に確固たる基盤を持たなかった上杉氏が、武蔵国に勢力を扶植(ふしょく)する最大の要因に平一揆の討伐があり、これに勝利した上杉氏は、河越氏や高坂氏らの旧領の多くを獲得できたことは容易に推測でき、馬室郷も八林(やつばやし)郷(比企郡川島町)などと共にこの時に恩賞として給与されたものであろう。

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