北本市史 通史編 現代

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第1章 戦後復興期の北本

第1節 戦後自治の発足と村政

地方自治の発足
ポツダム宣言は我が国の軍国主義及び超国家主義の排除、陸海軍の解体・非軍事化とともに、政治・経済・社会の全般にわたる諸制度の民主的改革を要求し、かつ、それらを完全に履行(りこう)させるため、一定期間の占領をかかげていた。昭和二十年八月十五日、太平洋戦争が終結し、連合国軍の日本占領が始まるとともに、同宣言にいう非軍事化や民主化が実施されていった。
これを地方制度についてみると、その民主化とは地方分権を強化し、地方自治を徹底(てってい)することが中心的な課題であった。それまでの地方制度は、内務省が行政と警察の最高権限を掌握(しょうあく)し、各都道府県ーー市町村を監督下におくものであった。このような上からの監督・命令によって行われる地方政治は、民主的な自治制度とは相容れないものであり、占領軍が行なおうとした地方制度の民主化とは、それまでの中央集権制を地方分権制に変え、首長の公選制と議会の強化とを軸(じく)に、地方自治を実現しようとするものであった。
民主制への改革は、同二十年十二月、「衆議院議員選挙法改正」から始まった。この改正は大選挙区連記制と完全普通選挙制とを規定したもので、とくに、史上はじめて婦人参政権を実現した点で、画期的な意味をもつものであった。翌二十一年四月、同改正法に拠って行われた衆議院議員総選挙は、全成年男女による初の完全普通選挙であり、その投票率の高さは一般住民の民主化への期待の大きさを物語っていた。
次いで同二十一年七月、「町村制の一部を改正する法律案」が第九十帝国議会で可決された。同法は市制・東京都制及び府県制の一部改正案とともに可決されたもので、これが第一次地方制度改革であり、その重要な改正事項を列挙すれぱ、次のような諸点であった。
1 公民権および名誉職制の廃止。公民とは選挙権をもつ者をいい、それまでは二十五歳以上の男子に限られていた。また名誉職制度とは市町村長・助役・議員を無給職とする制度で、経済的な理由から一般住民が役職につくことを困難にしていた。
2 男女平等の選挙権および被選挙権の承認。公民権廃止の結果、選挙権は二十歳以上の成年男女に拡大され、市町村長・議員の被選挙権は二十五歳に引き下げられ、男女に均(ひと)しく認められることとなった。
3 住民の条例・規則の発案権、市町村長の解職請求権、市町村会の解散請求権、監査請求権の承認。
4 市町村長の直接選挙。それまで市町村長は、少数の名望家(めいぼうか)で構成する市町村会が選任し、市長は勅裁(ちょくさい)を得て内務大臣が任命、町村長は知事の認可を要し、公吏(こうり)として国政機構の末端に位置づけられ、中央政府の強い統制下におかれていた。
5 町村会(議会)の権限の強化。(後述)
6 議会の不信任決議に対する町村長の議会解散権の承認。

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