北本のむかしばなし くらしをつたえる話

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おかいこ

みなさんはかいこを見たことがありますか。かいこにくわをあたえていると、だんだん大きくなり、およそ四〇日の間に四回もだっぴしてまゆを作ります。しばらくして幼虫ようちゅうがガになってあわつぶのようなたまごをたくさん生みます。
北本では、養蚕ようさん明治めいじ十年ごろから始められました。はじめは年に一回、 晩春ばんしゅんから初夏しょかにかけてっていました。この時期の温度が、かいこの成長せいちょうにちょうどよく、病気にもならず一番飼いやすかったからです。明治時代のなかばすぎになると、秋にも飼うようになり、大正時代には一年に三回飼うようになりました。それで、飼う季節きせつによって春蚕はるご夏蚕なつご秋蚕あきごとよびました。
養蚕がもっともさかんだった昭和のはじめごろには、まゆのねだんが高く、石戸宿では農家の全部の家で、北中丸では農家のほとんどが養蚕をしていて、しゅうにゅうの八わりから九割をあげていました。養蚕ようさん農家では、畑のほとんどがかいこのえさになるくわの畑になっていました。そして、かいこを大切にあつかい、かいことよびすてにしないで、おかいことか、おこさまとていねいによんでいました。
かいこをうといっても、たまごからかえったばかりの幼虫ようちゅうは、体長二ミリメートルぐらいの毛虫です。何万びきもの毛虫をつぶさないようににわとりのはねではいてひろげて、くわ畑から一まい一枚つんできた、やわらかいくわの新芽しんめを、ほうちょうで細かくきざんであたえます。食べのこしのくわの葉やふんを、取りのぞいてきれいにする作業もしなければなりません。

かいこは大きくなると場所も取りますので、部屋へやいっぱいにかいこだながならべられます。たくさんのかいこがくわをかじるサワサワという雨ふりのような音を聞きながら、家の人はすみっこで小さくなってねました。このころは、いくらくわをあたえても間にあわないぐらいです。また、まゆを作る時期になると、一ぴきずつ拾ってマブシというまゆを作らせる道具に早く入れてやらないと、よいまゆができません。
養蚕は、ねこの手もかりたいほどいそがしい仕事でした。ねこといえば、よくねずみがかいこを食べに来るので、養蚕農家にはねこがかかせませんでした。

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