北本市史 通史編 自然

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第1章 北本の地形

第2節 大宮台地の形成と北本

2 大宮台地の成立

古東京湾がー〇万年前ごろに陸化して関東平野が誕生した初期にはまだ広く湿地が残りそこに常総粘土層(じょうそうねんどそう)が堆積した。
七〜八万年前ごろの関東平野は、河川による堆積が一層進み北から鬼怒川(きぬがわ)・思川(おもいがわ)の流れが大扇状地(だいせんじょうち)をつくり、北西から利根川・荒川が扇状地を形成し西には多摩川の扇状地を発逹させた。
これらの大扇状地の前面には自然堤防地帯や三角州(さんかくす)・潟湖(せきこ)が形成され、野田・春日部・川口を連ねた線から松戸付近にかけては沼沢地(しょうたくち)や潟湖の状態を呈した。
やがて徐々に後退してきた海面は、最終氷期に至る五万年前〜六万年前ごろから急激に低下し河川の強力な下刻作用を促した。大宮台地の東側には渡良瀬川(わたらせがわ)・思川の流れが深い谷を刻み、西側には利根川・荒川が谷をうがち、ー続きの平野であった大宮台地を周辺平野から分離した。
独立した大宮台地上には、富士山・浅間山、遠くは鹿児島県姶良火山(あいらかざん)からの火山灰が降下堆積した。
したがって、関東平野全体に台地化が進んだのは常総粘土層堆積後の武蔵野ローム層降下期(約五万年前ごろ)にあたり、市域や鳩ヶ谷・松戸付近は、クリヨウカン軽石の存在から知られるように周辺より早くから台地の形成が行なわれてきた。

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