北本市史 通史編 自然

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第2章 北本の地質

第1節 日本列島の誕生 

3 関東造盆地運動と北本

関東平野一帯は、新第三紀中新世の中ごろ(ニニ五〇万年前)から現在まで全体として沈降が続き、海底下に累計(るいけい)ー万メートルもの厚い地層を堆積した。この厚い地層からなる地下深部の形状を関東堆積盆地と呼ぶ。
関東平野の基盤は、新第三系や洪積層・沖積層の厚い堆積によって埋没(まいぼつ)しその正確な姿は不明である。しかし、近年天然ガスの探鉱、地盤沈下や地震観測体制の整備が進み、深層坑井が掘削(くっさく)されて基盤岩の岩石学的特徴が次第に明らかになると基盤構造の推定も進んできた。
研究の成果は、堆積盆地の基盤を関東山地に認められる三波川(さんばがわ)・秩父・四万十帯(しまんとたい)の帯状構造がそのまま直線的に関東平野の地下に延長していると考え、春日部から竜ヶ崎北方に中央構造線を推定した。
関東各地の基盤に達する深度は、千葉県飯岡で四〇〇メートル、船橋では約二〇〇〇メートル、松伏で一六〇〇メートル、春日部で二五〇〇メートル、岩槻で二九〇〇メートル、市域付近でおよそ一五〇〇メートル前後にあると考えられている。
関東構造盆地は、図13に見られるように最深部が房総半島から西へ延び、東京付近で北転して埼玉県東部地域(中川低地帯と下総台地(しもうさだいち)西縁部を含む南北に細長い地帯)に連続する。いわば関東平野の基盤面は、およそ東経一四〇度付近を境にほぼ一体化した緩(ゆるや)かな傾斜を有する東側と、急傾斜と複雑な形状を示す西側に二分できる(矢島・一九八一)とされる。
「関東平野の基盤等深線図」(図13)を見ると、市域の地下付近と入間台地から川越台地の地下には、関東山地東縁から半島状に張り出した基盤面(北武蔵基盤面)が認められ、加須低地(かぞていち)と武蔵野台地・大宮台地中央部付近には低部が確認できる。

図13 関東平野の基盤等深線図

(矢島:1981より作成)

したがって、第三系の基盤面の形状の相違が市域で最高海抜高度を持ち、ここから次第に加須低地(かぞていち)へ低下し、大宮付近で中だるみの状態から再び浦和・鳩ケ谷付近で高度をあげる大宮台地特有の形態に反映しているように考えられる。

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