北本市史 通史編 現代

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第1章 戦後復興期の北本

第7節 民主化される教育

1 混乱の中の教育現場

墨でぬられる教科書
日本に対する連合国の占領は、日本の非軍事化と民主化を主な目的として行われた。日本の占領を担当することとなったGHQはその目的逹成のために占領当初より次々と指令を発した。それは教育に関しても例外ではなかった。戦前の軍事教育を払拭し、民主化を徹底するため多くの指令が出された。日本側でも、文部省がGHQの指令に基づき、様々の措置をとることとなった。

写真16 墨ぬり教科書ー1

昭和20年ころ(阿部泉氏提供)

昭和二十年十月十一日、連合国最高司令官マッカーサーは日本の幣原喜重郎首相に対して、五大改革を行うことを要求した。この要求の中には、①婦人の解放、②労働組合結成の奨励、③秘密審問制度の撤廃、④経済制度の民主化と並んで、⑤教育の民主化が含まれていた。さらに、十月二十二日「日本の教育制度の管理に関する覚書」、十月三十日「教職員の調査、精選、資格決定に関する覚書」、十二月十五日「国家神道に対する政府の保証、支援、保全、監督、弘布(こうふ)の廃止に関する覚書」、十二月三十一日「修身(しゅうしん)、日本歴史、地理の学科中止に関する覚書」という、教育に関する四大指令を次々と発し、これらの指令をもとに日本の教育の民主化が進められていくこととなった。
昭和二十年九月二十日の文部省通達「終戦二伴フ教科用図書取扱方二関スル件」は、その中に、「戦争終結二関スル詔書(しょうしょ)ノ御精神に鑑(かんが)ミ適当ナラザル教材二ッキテハ左記二依リ全部或ハ部分的ニ削除シ又ハ取扱二慎重ヲ期スル等万全ノ注意ヲ払ハレ度此段及通牒(つうちょう)」とあるように、不適当な教材の削除、取扱に注意すべき教材などを指示したものであった。削除または取扱に注意すべき教材の基準としては「国防軍備を強調する教材、戦意昂揚(こうよう)に関する教材、国際の和親を妨げるおそれのある教材」などが挙げられた。国民学校後期用国語教科書『よみかた四』を例にとってみよう。写真16は『よみかた四』の目次である。この中で黒くぬられた教材が削除すべき教材であった。目次の中で消されている三は「海軍のにいさん」、十五は「にいさんの入営」、二十は「金しくんしょう」、二十一は「病院の兵たいさん」である。また、十の「満州の冬」は取扱上注意を要する教材とされた。

写真17 墨ぬり教科書ー2

昭和20年ころ(阿部泉氏提供)

文部省通達をうけた各県では県内各学校に移牒(いちょう)しその主旨の徹底をはかった。中丸国民学校では通達に基づいて、十月十一日これらの教材や注意を要する語句等を指導書や教科書に記入し、児童達は削除対象となった教科書の内容を先生の指示に従って黒くぬりつぶした。教科書の墨ぬりである。教科書を絶対のものと教えた教師達、絶対のものと教えられた子供達にとって、この「墨ぬり教科書」ほど日本の敗戦という事実をつきつけられたものはなかった。
さらに、昭和二十一年七月十八日、戦前の国家教育の象徴の一つであった御真影(ごしんえい)と奉安殿(ほうあんでん)について「御真影、奉安殿の撤去」通達が出された。石戸国民学校でもこの通達に基づいて、奉安殿を市内下石戸下の八雲(やぐも)神社に移し、表忠碑(ひょうちゅうひ)を校外に移した。これら墨ぬり教科書や奉安殿の撤去などの措置は、まさに旧教育から新教育への転換を象徴するできごとであった。

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