北本市史 資料編 自然

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第3章 北本の土壌

第1節 洪積台地の土壌

調査地点№2市内高尾城中
土壌層位はⅠA1p (耕作土)/ⅠA12 (以上客土ヤドロ)/ⅡA1/ⅡA3 (以上黒ボク土)/ⅡBCb (立川ローム)/ⅢAb埋没腐植土/ⅣBCb (立川ローム)である。ⅠA1pとIA12は、荒川沖積低地土の客土に由来する層位と推定される。(図4) 土色は灰色を呈し土性は砂壌土で、構造の発達は良好でなく、関東ローム台地上にある土壌として異常な産状といえる。市内の古老の方の話や吉川國男氏(ー九七五)、埼玉県土地対策課(一九七五)によると、明治から大正にかけて農閑期を利用し、人手や馬により荒川の氾濫沖積堆積物を客土材料にしたという(古くは江戸以前からという説もある)。そのため、経済的に余裕のある農家ほど客土層が多いという。この氾濫堆積物をヤドロとよび、ヤドロを台地の上に運搬し、客土をおこなう作業をドロツケとよんでいる。本市を中心に荒川ぞいに南北一五キロメートル、東西二キロメートルにわたり、台地上に灰色砂壌土が厚く堆積している(図5)。当地点でも層厚四〇センチもあり、客土量は全体として相当量にのぼるであろう。当時、農業中心の時代とはいえ、なぜこのような手間暇のかかる作業をしたのであろうか。この理由については後述しよう。
図4 調査地点№2の土壌断面

土壌層位  土色腐植 土 性 構 造 記 事 
IA1灰 含む SL砂壌土  無 耕作土
客土
IA12灰 無 SL砂壌土  無 客土
ヤドロ 
ⅡA1黒褐 富む L壌土  クズ状 黒ボク土 
ⅡA3
ⅡBC 黄褐 無 L壌土  
乾燥すると
亜角塊
大里ロームAT層準
ⅢAb 暗褐 含む L壌土しまったクルミ状  埋没腐植土層 
ⅢBCb 褐 無 CL埴壌土 
乾燥すると
角塊
立川ローム層  

土地利用 野菜畑
地形 関東ローム台地(標高30m)


図5 大宮台地のドロツケ地帯

(吉川國男 1975「大宮台地のドロツケ=客土農法」『埼玉民俗』第5号)

客土層(ヤドロ)の下位は黒色のⅡA1があり、その漸移層であるⅡⅡA3が続く。いずれも黒褐色で粗しょうな感じをうけ火山灰由来の黒ボク土と考えられる。黒ボク土(ⅡA1)は層厚一〇センチとうすい。もともと未発達なのか、客土のときに混耕されてしまったのか不明であるが、ドロツケした台地の黒ボク土の層厚は一般にうすい特徴をもっており、ここでもその例外ではない。
黒ボク土の下位に褐色で無構造の関東ローム層(ⅡBC)がある。鉱物分析結果によると、含有する鉱物は両輝石が多量に含まれ、カンラン石は含まれなかった。調査地点№1と同様立川ローム層上部層準に対比できる大里ローム層といえよう。この層の下部には扁平形の火山ガラスが多く含まれることから、姶良Tn火山灰(AT)と考えられる。
大里ローム層の下位に暗色帯が認められ、上下のローム層より暗色をおびており明瞭に区別できる。埋没腐植土層(ⅢAb)である。この層準は、絶対量はけっして多くないが、カンラン石を含んでいるのが特徴である。
トレンチの最下部には、ローム層(ⅣBCb)があり、上位と同様にカンラン石を含有する傾向にある。これも立川ローム層の一部と考えられる。(図6)

図6 調査地点№2の鉱物分析結果

台地上に産状する灰色砂壌土(ヤドロ)について再度ふれておく。なぜ、台地上に客土したのであろうか、考えてみたい。まず火山灰土壌は霜柱ができやすく、風食や作物の根の切断の原因となること、また当地の表土がうすいこともあげられる。しかし、最大の理由は火山灰土壌のリン酸欠乏といわれている。
それは、火山灰および火山灰に由来する土壌(いわゆる黒ボク土)は可溶性アルミナに富み、そのためリン酸吸収力が強いからだといわれる。そのため、土壌中の可溶性アルミナが、植物ができる可溶性リン酸を結合し、不溶性のリン酸に変えてしまう。この結果、植物はリン酸欠乏となり、その生育は阻害されるという。火山灰地は昔から作物の栽培地としてけっして良い土地ではなかった。改善するにはリン酸肥料をほどこす必要がある。しかし、明治から昭和の初期までは化学肥料が開発されず、また生産が開始されても、高価で農家は入手できなかった。結局、当時の土壌改良法としては身近にある荒川の肥沃度の高い沖積氾濫堆積土を客土することが唯一の方法であった。ヤドロの客土により表土を厚くし、霜柱を防止し、リン酸養分の確保ができた。毎年、農閑期を利用し土壌改良に努め、関東地方有数の麦作地帯をつくりだしたのであろう。
ドロツケという火山灰地の土壌改良の営みを終えてから、五〇年以上の歳月が経過した。広域に分布する灰色砂壌土 (ヤドロ)の断面をみると、当時の農業生産を高めようとした地元の人々の力強い息吹が感じられる。

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