北本市史 資料編 近世
第2章 村の生活
第3節 産業と金融
7 質地証文
132 慶応元年(一八六五)十二月 上中丸村栄次郎質地証文(本宿 岡野正家文書九四)
質地証文の事
一古山壱ヶ所 字永連寺山二て
此質代金弐拾五両也 盛木代共
右は当丑御年貢其外諸事払方ニ差詰、無拠前書の地所貴殿江質地ニ相渡右代金只今惟ニ受取申処実正也、但し年季の義は当丑年極月より来ル辰極月迄三ケ年季ニ相定申候、然ル上は御年貢諸役等の義は貴殿方ニて御勤可被成候、年季明の時節ニ至右金不残返済の上は地所御返し可被下候、此地ニ付自他の故障無御座候、為念質地証文依て如件
慶応元丑年 上中丸
十二月 地主 栄 次 郎 ㊞
親類組合兼
名主 丈 輔 ㊞
本宿村
名主 彦 四 郎 ㊞
同当番
七郎兵衛 ㊞
彦四郎殿
解説 本資料は、上中丸村の栄次郎が村内字永連寺山にある山一か所を、立木を含めて向う三か年二五両で本宿村の彦四郎に質入れしたものである。現在では永連寺山の所在は不明である。また、面積を示さず、一か所としている点、山地の面積については、もともと余り正確を期していなかったことが窺える。