北本市史 資料編 近代

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第4章 社会生活と文化

第3節 解脱会

324 昭和十一年(一九三六)十一月 解脱会第十回秋季大祭記
  (解脱会本部蔵)
世界の霊地本宿の
 第十回秋季大祭記
  錦繡の野に溢るゝ嬉びの顔・顔・顔
   使命も重く集る四千の人々
       記者 小池蒼坡

  上野駅を埋めた五色の旗

 来た! 来た! われ等が一日千秋の思ひで待望してゐた十一月十日、今日ぞ本宿霊地の秋季大祭。天候は予て会長先生に予言せられてゐた如く降らず照らず、暑からず寒からず絶好の温和日和だ思ひくの身仕度調度で集合時刻八時半を目指し上野駅に集る。堂々近代科学の粋を誇る大上野駅頭は既に解脱会員を以て埋められ、一歩駅内に入れば支部旗を先頭として、会員各々一糸乱れぬ統制の下に整列し、日頃黒山の如き旅客を呑吐する広大な上野駅も流石に今日ばかりは恰も解脱会に解放せられたかの如く見る顔見る人も解脱会員ばかりだこの大群団を眺めて会長先生も大満悦に破顏してゐられる。
 各所に設けられた各支部の受付では、団参急遽申込の受付に大童で係員は汗だくの活動だ。斯くて各役員の骨折に依り聊かの差誤もなく、午前九時二十分第一列車出発、次いで三十分会長先生を乗せた第二列車出発、四十分最終第三列車の出発だ。懷かしの上野駅を後に本宿指して列車は一路平坦の武蔵野を北へ北へと驀進————。
 途中、窓外に瞳を放てば、打続く耕地は既に収穫の秋を終って、人も馬も将た鳥も悉く天崽の下に只黙々と展開してゐるのみだ。

 霊地に展らく變宴のむしろ

 上野駅を発して三十分にして大宮駅に停車、こゝぞ関東屈指の神域氷川神社、車窓より遙拝を済せば、再び列車は動く。————愈々北本宿駅に着く、整調一点の狂ひもなく大旗小大を押し立て、街路を粛々と霊地に向ふ蜿蜒長蛇の一大行進だ。沖天に炸烈する煙火は、壮絶十方に響き関八洲に?くかと思ふとはかり。
 霊地に入れば樹々は深き紅葉の色映えて正に酣の秋の姿だ。恰もわれ等を歓待してくれるがの如き観がある。各神々様に真心の礼拝を捧げつ、万霊魂祭塔前の休憩所に着く偉容をもてわれ等に迫る万霊魂祭塔の前に額けば、会長先生の大親心が泌々と胸にうかぶ。凡そ世界人類の当然完済しなければ未来永劫に救はれ得べくもないのを深憂してわれ等の為すに先ち既に万霊鎮祭大供養をなし給ひつゝありしことでこの深さ尊さは今直口世界の人々の悟らねばならぬことである。
 大広場には東、西、中央南、北部解脱会の大賀莚が展げられる。神酒を下されて一同甘露々々と一献又一献酒間を斡旋する美形(?)連の名接待につい乗せられてうか〱と重ねる盃の数、右から左へ左から右へ十文字に取交はす返盃の雨、到る処に起る唄、唄、唄。渋い端唄から最新流行の歌曲、或は詩吟、米若くづし、民謡、浪花節、本宿まうで等々。今日ばかりは天下御免で到る処大脱線の展開だ。トラになった中でもベランメイ調の姐御振を発揮してゐたー女性はその尤たるものであった。この間魂祭塔前で紅白の餅撒き。各支部の記念写真撮影があり。殊に五行統派朝鮮、山形、神戸支部の撮影の折は一婦人が何かしら深く感じられて眼頭に涙を湛えてゐられた。魂祭塔建立記念スタンプ押捺は係の方々が汗だくの態だ。

 角力と弓道は何れも大好評

 この大祭を機として霊地に第一回関東角力大会と弓道大会が催された事は特筆大書すべきことだ。
 角力は国粋名技の一つ、分けても関東は角力の本場だ。情勢を見るべく会場に赴けど既に多くの観衆に取囲まれ見るべき隙とてもない、漸くにして群衆の頭越しに見れば日本一と謳はれる玉子山、小団子の好取組、血湧き肉躍る好漠肉迫の大接戦正に龍壌虎拍手に汗を握るものがあった。
 弓道部を窺けば、今や箭は弦を離れて、颯と空を切る音律にぞ人の魂の籠りて、正に之れ幽玄の境地だ。

 会長先生御生家と御講演

 会長先生御生家に到る。先ず吾々の深く気付かされたものは「もし会長先生この世に臨み給ふことなかりせばいかでかわれ等が今日のこの嬉びに与り得られし」と云ふことであった。あゝ尊い哉、この家、この地。やがては人類を救ひ世界を展き、まこと地の果、海の極みまで解脱の嬉びを謳ふ日の来るを想へぱ接待さるべく出されてある茶碗の底に、誰が飲み余せしか僅かばかり残れるお茶にも誠に勿体なさを感じられる。諸手を合して跪拝を終り、氏神様に向ふ。
 氏神様では午後二時から三時まで会長先生から教義に就いて御講演がある。先生の声咳に接すべく群集は続々と押しかけ前の広場は遂に一ぱいになって全く立錐の余地もない。普通なら後方の者にはお話が判らないのだが、今年はマイクロフォンに依り拡声されて充分に拝聴することが出来。多数の聴衆は目に涙を浮べてゐるのも霊地なればこそ見られる情景だ。

 活動写真の異動撮影さる

 上野駅の出発から帰途に就くまで、やがて世界の偉観となるべき大祭の実況を活動に撮ることゝなり、上野駅の実況からカメラにおさめられてゐる。年寄の方々は平気であるが、流行に若き女性達は極りが悪いのか恥かしそうにしている。会長先生の講演を始め魂祭塔前の大祝宴のところ、餅まき余興のレヴュー等も洩れることなくカメラ子に依っておさめられた。誰れがどんな顔に写ったか、封切される日が楽しみではあるまいか。

 薄暮堂々帰途に就く

 所謂新興宗教に対する社会大衆の批判或は非難の声喧兢々たるの秋、累進の異数なることに於て驚異されてゐるわが解脱教の秋季大祭は霊地を薄絹のヴェールに帳する薄暮斯かく未曽有の盛況裡に終了を告げたのであった。
 あゝ尊い哉解脱。

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