北本市史 資料編 現代

全般 >> 北本市史 >> 資料編 >> 現代

第1章 政治・行政

第3節 北本市の発足

51 昭和四十六(一九七一)年九月 町民の皆さんへ
  (下石戸下 長谷川幸男家所蔵)
     町民の皆さんへ
九月一日、自治省から市制施行について内示がありましたので待望の市制施行ができるようになりました。
◎市名をめぐる二つの希望
 1「解脱市」をすすめる動き
 2「北本市」とすべしという動き
の両者がありましたことは、多数の皆さんのご承知のとおりであります。
一方は「解脱」という言葉のもつ意義が崇高深遠な意味をもち、住民の幸福につながるとする願いであり、他方は町の伝統である「北本」をそのまま市名とする動きでありました。
そしてその運動が日に日に強くなりつつあったのですが、町当局および町議会はこうした対立のうづが拡大することをおそれるとともに、これを見過ごすことができなくなりまして、さる八月二十四日解脱会に対し是非この運動を中止していただきたいと申し入れをいたしました。
越えて八月二十九日、町長および議会の全体会議を開きまして出席議員全員の申し合わせにより再び解脱会にその後の結論を承りに参りましたところ、解脱会では、町の円満な発展を願うのが会の進むべき道とされ、こころよくこの運動を中止するという回答を受けたわけであります。そこで町議会は翌三十日に再び会議を開き町長も出席し熟議した結果市名を「北本市」とすることに満場一致で決定した次第であります。
町民の皆さんのなかには事態を紛糾させた責任の一端は町当局並びに議会にあるとする向きも多少あるやも知れませんが、重大な意義をもつ新市名は住民多数の考えを基調として決定することが真の民主主義であろうと考えておりました。しかし、混乱のうづの拡大をおそれっいに前記のごとき申し入れをしてご了承を得た次第であります。
町民の皆さん、当局の意のあるところをおくみ取りくださいまして市制の施行が平和のうちに円満に喜んで行なわれるようご協力のほど切にお願い申し上げるものであります。
  昭和四十六年九月二日
     北本町長    齊藤 隆
     北本町議会議長 吉田慎一郎

<< 前のページに戻る