北本市史 民俗編 民俗編一覧

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第9章 年中行事

第2節 春から夏の行事

3 三月の行事

雛の節供
三月三日はヒナマツリ(雛祭)。桃の節供とか三月の節供、お雛の節供とも呼ぶ。もとは月遅れで四月三日に祝っていたが、正月が新暦になって、ヒナマツリも新暦に変わったところが多い。女児のいる家では、雛人形を飾り、アラレ、ヒシモチ(菱餅)などを供えて祝った。
オクリビナ(送り雛)といって、嫁入りの時持っていく人形もあったが、多くは初めての女の子の初節供に、嫁の実家や親戚、仲人さんから雛人形が贈られる。大正のころまでは、スワリビナ(座り雛)というオカッパの女児の座った形の人形が普通だった。スワリビナは鴻巣雛とも呼ばれ、中に藁を詰めた三角形の簡略なもので、本県鴻巣、岩槻の特産となっていた。嫁の実家から内裏雛の親王様一対を贈り、他の物は親類中で話し合って持ってきて、一式揃うようにすることもあった。潮汲み、神功皇后の人形などを親戚から届けてくることもあった。人形は、二月四日、九日に中山道の端に立った鴻巣の人形市や、三月二日の石戸宿の上宿・下宿の雛市で求めた。
お雛様は二月二十五、六日には飾る。床の間や座敷(中の間)に飾ることが多い。二日をヨイゼック(宵節供)といい、夕食に御飯に三つ葉の卵とじなどを二膳作って供える。
三日は、紅白の餅とヨモギを入れた草餅を菱形に切って、三段ずつ三組九段にして供える。上に行くほどだんだん小さく作る。上から順に紅一枚・草二枚・白二枚と五枚重ねにする家や、七枚重ねにする家もある。下から白・草・紅の順に重ねるのは、春を迎えて雪の大地がとけ、若草が芽吹き、見事な花を咲かせる様で、女児がこのようにすくすく育つことを願うのだという人もいる。正月の餅を切って干して煎った自家製のアラレをこしらえて、一緒に供えた。アラレにはトウモロコシを煎ったハゼモロコシも混ぜた。また、米麴で作った甘酒もこしらえた。
三月三日の節供の日には、子供には綺麗な着物を着せて、親元、仲人、親戚を呼んで、お祝いをした。他に桜餅、柏餅、塩あん入り、丸餅などもこしらえ、初節供には菱餅一対にこれらの餅を添えて、親類にお返しとして配った。この日は、廿酒を飲み、稲荷ずしか海苔巻き、手打ちうどんをこしらえて食べた。
お雛様には、金魚鉢に入れた金魚や水仙の花も飾った。金魚は、三月の節供を目当てに金魚屋が売りにきた。雛人形(座り雛)は、作神様だといわれている。古くなったものは粗末に扱わず、神社に納めた。神社では一定の場所でオタキアゲした。また、雛人形は十二日間飾っておくものと伝えられている。十二日目にしまうと、目の患いがないともいう。しまう時は、お土産に供えた菱餅を切って作った生アラレを持たせる。
三月節供には、よめは里帰りした。五月、八月の節供と暮れにも、子供がオビトキ(帯解き)するまでは、毎年実家に帰った。

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