雑木林のあるまち 産業

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6.職人

純農村であった北本の農家では、冬の農閑期(のうかんき)の手内職としていろいろな物が作られた。その代表が高尾タンスである。旧名主を代表とする豊な家では、副業として酒造りなどをする家もあった。明治23年の「埼玉県酒造組合」には、深井の小林氏や北本宿の片山氏、下石戸下の滝沢(たきざわ)氏など、5軒の名が記されている。


酒造り職人が奉納した絵馬 荒井観音堂 (江戸時代後期ころ) 

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現在、市内では酒造りは一軒(いっけん)も行なわれてはいないが、かつての5軒のうち近年まで酒造りをしていたのが大石屋本店(旧小林醸造(じょうぞう)場)である。小林醸造場は、旧中山道沿いの鴻巣境に広大な工場を設け、いくつもの巨大な酒樽(さかだる)を並べて「大石正宗」を醸造していた。


小林醸造所での酒造り職人たち 深井 (昭和10年ころか) 

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工場の煙突と倉庫 深井 (昭和60年ころか) 

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醤油造りⅠ モロミオケ 高尾 荒井正作氏 (昭和63年ころ) 

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市内に数カ所あった醬油醸造(じょうぞう)元の一軒、本宿の岡醬油で修行し、高尾の旧新井醬油で醬油を作り、後に独立して倉をもった。「キッコーホンザン」と銘打(めいう)たれたこの醬油は、長く売れ行きが良かったとされるが、つい最近生産を中止した。


同Ⅰ フネ 

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同Ⅲ 釜 

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