雑木林のあるまち 産業

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3.製茶

農家の垣根の茶つみ 荒井 (昭和63年) 

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農家では自給自足が普通であったが、お茶も例外ではなかった。茶の木を垣根のように家や畑の周りに植えて、焙煎(ばいせん)まで自分の家で行なう家が多かった。現在でも自家用にお茶の葉を摘(つ)んでいる家を市内で数軒(すうけん)みることができる。


摘みとられたお茶の葉 荒井 (昭和63年) 

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茶の選別 高尾 (大正12年) 

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茶園での茶つみ 高尾 (昭和53年) 

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茶つみの勤労奉仕 高尾 (昭和18年ころ) 

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北本で手広く茶園を営んだのは、小島業三郎(こじまぎょうざぶろう)氏の小島園である。茶摘(ちゃつ)みは主に女性の仕事であったので、付近の農家の主婦を雇(やと)って行なっていた。しかし、戦争中には極度の人手不足になったため、石戸尋常高等(いしとじんじょう)小学校の児童たちが駆(か)り出されることもあった。


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