雑木林遺跡 結語

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第4章 結語

1 結語

1 古墳時代後期の集落について
今回の調査では、6世紀後半から7世紀初頭頃のものと考えられる竪穴住居跡が3軒検出されている。市域東部における古墳時代の様相は、これまであまり明らかにされていなかった。しかしここ数年は、平成25年度に深井5丁目において実施したNo.98遺跡の調査(未報告)を皮切りに、今回報告した雑木林遺跡、令和元年度から2年度にかけて深井7丁目において実施したNo.97遺跡の調査(未報告)で相次いで古墳時代後期の住居跡が検出されている。
No.98遺跡では古墳時代後期の竪穴住居跡が1軒確認されており、住居跡の1/4程が調査された。出土遺物としては土師器の坏、甕、埦などがあり、時期は6世紀後半から7世紀前半頃と考えられる。雑木林遺跡からは直線距離にして北西に約250m離れており、同一の集落であるかは検討を要するが、出土した長胴甕は胴部をナデによって仕上げるなど、雑木林遺跡との共通点が見いだされ興味深い。また、深井7丁目のNo.97遺跡では竪穴住居跡が5軒検出されており、土師器甕、甑を中心に若干の坏類や、末野産と考えられる須恵器甕が出土している。時期は6世紀後半から7世紀前半頃と考えられる。ここでは住居跡から検出されたカマド4基のうち2基は地山を掘り残して袖を構築しており、雑木林遺跡の事例と違いが見られることから、異なる集落かもしれない。
さて、北本市の北側に接する鴻巣市域の古墳時代後期の遺跡に目を転じてみると、No.97遺跡から北へ約1kmのところに、東日本最大級とされる生出塚埴輪窯跡群や元荒川流域における最大規模の古墳群である生出塚古墳群が所在する。生出塚古墳群は5世紀末から7世紀中葉にかけて形成された古墳群で、雑木林遺跡やNo.97遺跡、No.98遺跡との関係も検討していかなければならない。なお、雑木林遺跡の今回の調査において6世紀前半頃と推測される円筒埴輪片が1点出土している。色調や焼成・胎土、製作技法などから生出塚埴輪窯跡群で生産されたものではない可能性が高く(若松良一氏のご教示による)、周辺に当該期の古墳の存在が示唆され、生出塚古墳群の母体となった集落にはならないことも考えられる。
今後は、雑木林遺跡・No.97遺跡・No.98遺跡それぞれの関連性について注視し、周辺の遺跡群の調査事例を待ち、元荒川流域の古墳時代後期の様相を改めて検討していきたい。

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