北本の文化財

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【宮内氷川神社旧社殿】

指定
市指定
種別
建造物
指定年月日
平成10年10月30日
所在地
宮内4-136 氷川神社

宮内氷川神社旧社殿の規模は、桁行(けたゆき) (柱真々(はしらまま))4尺4寸、緊簡(はりま)(柱真々)4尺、向拝(こうはい)の出(で)(柱真々)3尺、一間社(いっけんしゃ)、流(なが)れ見世棚造(みせだなつく)り、厚板葺(あついたぶ)き、目板打(めいたう)ちである。
市内で確認されている数少ない見世棚造り建築の一つで、土台や柱の取替え等、修理が行われているが、板葺きのまま原形を保っており、建造時期は江戸時代初期に遡ると思われる、歴史的価値の高い希少な建造物である。
構造形式及び特徴は、次のとおりである。
柱は、身舎(もや)円柱、向拝角柱とし、かかる建物に共通した大きな材を井桁(いげた)に組んだ土台上に立つ。
身舎は、腰長押(こしなげし)、内法長押(うちのりなげし)をまわし、柱頭には舟肘木(ふなひじき)、造り出しの桁をさし、妻桁は桁に枘(ほぞ)差しである。正面の両長押間を開口部とするが、その他の壁面は、横嵌板(よこはめいた)である。
現在、床下は、吹き抜きであるが、床下を神聖視する本殿であるので、当初は嵌板である。
後側2本の円柱は後補で、床下も多角形である。正面の開口部は両長押の上下に半長押を付し、丸柱ぎわに小脇(こわき)をとり方立(ほうだて)をたて、定規縁付板唐戸(じょうぎえんつきいたからと)をたて、板唐戸には鉄八双金物(てつはっそうかなもの)を打つ。
向拝には前面と両側に長押を付し、長押上端に床板を張る。この身舎からつき出した床が「みせ」の棚板のようになっているので「見世棚造り」という。
側面の長押が身舎の柱より、はみ出しているが、浦和市本太、氷川神社旧本殿に類例があり、地方的技法である。
向拝柱は、肘木、造り出しの虹梁(こうりょう)にて出(で)三つ斗組(とぐみ)の斗(ます)を受けているが、この虹梁と一木の肘木は江戸時代初期までである。この向拝の出三つ斗組は、寛永13年(1636)の浦和市大牧、氷川女体神社本殿と同じである。また、左側の向拝柱は、後補である。出三つ斗組の中備えは蟇股(かえるまた)であるが、内部を欠失している。
妻飾りは、豕扠首(いのこさず)で、部材の比例もよい。
軒は一重疎垂木(ひとえまばらたるき)、茅負(かやおい)は長方形で屋根板を受ける。軒で注意すべきは茅負が「セイ」の高い長方形であること、垂木は乱れているが、前後とも「そり」があり、傍軒(そばのき)の桁が外側に向かって「そりあがって」いて、身舎の桁上には面戸板を付し、この面戸板に垂木(たるき)をほりこみ、桁上端に打ち付けていない。これらは、中世の技法である。
破風(はふ)は、巾の広い板から破風型决(しゃく)り出(だ)し、屋根板に接する部分は、面戸板のごとくしずめて屋根板を受けている。
屋根は、厚い板の目板葺で巾不揃いであるのは、木挽(こびき)が製材した板のためである。
破風の懸魚(けぎょ)は、逸品である。

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