北本市史 通史編 現代

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第1章 戦後復興期の北本

第3節 食糧増産時代の北本

8 室とさつまいも

市内の室の分布
市内に分布する室の実態を明らかにするためアンケ—卜調査(一九九〇年五月実施 協力者二九六名)を実施した。その概要は次のとおりである。市内の室は少なくとも二九六か所にもおよび、そのうち現存するのは九十五か所であることが明らかになった。室はすべて関東ローム台地にあり、台地を覆っている関東ローム層を掘ってつくられていた。室の多くは農家の庭先の一角や屋敷林にあり、一部は土間の中や畑の一隅につくられていた。
室はたて穴式が多く、入口 (開口部)がたて穴になっており、たて穴の最下部から横に穴が掘られL字構造をしている。横穴が一つから、東西南北四つの方向に伸びている室までその形状はさまざまである。他方、台地の崖に横穴を掘ったままの構造をもつ横穴式の室もある。室の床面の深さは地表より一.五メートル~四.五メートルまでで、二.五~三.五メートルの深さが多くを占めていた。
室のつくられた時期は大正期から昭和期にかけてが多く、その目的はさつまいも貯蔵用であった。室は昭和三十年代ころまで頻繁(ひんぱん)に出荷用さつまいも貯蔵庫として利用されたが、現在は一部の農家が自家用として活用しているに過ぎない。先に指摘したように室は関東ローム台地のみに分布し、荒川や元荒川の沖積低地には認められない。今回の調査でアンケ—卜未実施地域があることや、古くからある室は崩壊し、人々の記憶から忘却され実際に市内でつくられた室は二九六か所をはるかに上まわる可能性がある。また、つくられた時期も大正以前にさかのぼる室も多いにちがいない。
表13 北本市内の「室」の調査結果
一 室の現状
現存する 九五過去にあった 二〇一
利用している利用していない壊れて埋まった道路の拡張
自宅の建築
ごみ捨てに
利 用
不要のため
埋めた
危険なため
埋めた
不 明
七七一八一一六二〇一八四三二九六
二 室の掘削時期
江戸時代明治時代大正時代昭和時代不明
二〇年以前二一~四〇年四一年以後
二三六七八九三四一四六二二九六
三 室の立地
低 地台 地自然堤防その他
二九六二九六
四 室の場所
母屋納屋内宅地内の敷地屋敷林不 明
一五一八一五九二八一三二九六
五 室の床面の地表からの深さ
一・五m前後二・〇二・五三・〇三・五四・〇四・五不 明
二三五九四八二一一〇一二二二九六
六 室の使用目的
さつまいもの貯蔵里芋の貯蔵生姜(しょうが)の貯蔵うどの軟化麹(こうじ)の発酵苗木の保存保冷温庫の代用そ の 他
二四八二一三六三三二*
*使用目的は重複する場合がある

(平成2年5月実施調査結果より作成)


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