北本市史 資料編 近世

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第1章 領主と村

第1節 村の政治

1 領主と地頭

8 牧野氏・伊奈氏・日下部氏系図抄
三 日下部氏系図抄
日下部氏
 日下部(くさかべ)
五郎八定芳がとき、罪ありて家たゆ。寛永系図に、姓氏録を引ていはく開化天皇の皇子彦湯座命の後なり。先祖河内国に住し、のち尾張国にうつる。その年代詳ならず。庶流日下部権左衛門定之が呈譜、定好が父を孫左衛門定金。のち丹波守大隈守にあらたむといふ。

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家紋 柊の葉
 
 
 日下部

家紋 柊の葉 六矢車


 日下部

家紋 柊の葉 六矢車

解説
牧野氏は先述したように徳川家康とともに関東に入国して以来、石戸領を支配して幕末に至っている。市域では下石戸上・下石戸下・石戸宿・荒井・高尾の各村が牧野氏の知行下であった。
伊奈氏は初期の寛永年間に深井・中丸・別所などを検地し、正保(一六四四〜四七)ごろまで宮内・山中・古市場・花の木の各村の代官をつとめた。
日下部氏は元禄のころから、深井・北中丸・古市場の知行主であった。これら三氏の系譜を『寛政重修諸家譜』から関係部分を抄録した。
なお、『寛政重修諸家譜』は、寛政年間(一七八九~一ハ〇ー)に幕府が編修した近世最大の系譜の書で、生誕・婚姻・襲封・領地・職掌・軍旅・官爵・没年等が述べられている。

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