第4章 社会生活と文化

第2節 文化

2　史跡・名勝天然記念物

310　大正十五年（一九二六）一月　石戸の蒲桜
　　（内務省刊行・天然記念物調査報告書・植物の部第三輯国会図書館蔵）
　　　埼玉県
　　　　七　石戸ノ蒲桜
所在　埼玉県北足立郡石戸村大字石戸宿字堀ノ内東光院境内
高崎線汽車駅桶川ニテ下車シ西行スルコト一里余ニシテ蒲桜ノ所在地タル東光院ニ達ス、院ハ時宗一属スル一小堂宇ニシテ小高キ地面一立チ其東側ニ蒲桜ノ大樹アリ、樹根ハ方形ノ石壁ヲ繞ラシ盛土ヲナセリ、石壁ノ一面長一丈六尺、高サ約二尺アリ
　蒲桜ノ幹ハ根元ヨリ四本ノ支幹ニ分力レ、別ニ中央ニ一ノ太キ支幹ノ朽痕ヲ存ス、今本幹及ビ支幹ノ太サヲ測ルニ左ノ如シ
本幹ノ根元ノ周囲　約三丈六尺
東側ノ支幹ノ基部ノ周囲　約八尺二寸
北側ノ支幹ノ基部ノ周囲　約一丈六尺
西側ノ支幹ノ基部ノ周囲　約八尺五寸
南側ノ支幹ノ基部ノ周囲　約一丈三尺
東側・西側・南側ノ支部ノ中途ヨリ各一ノ枝ヲ出シ、
其基脚部ニ於ケル周囲ハ東側ノモノ約一尺ハ寸、西側ノモノ約二尺五寸 南側ノモノ約二尺五寸アリ
枝ノ拡ガリ（幹ノ中央ヨリ測ル）左ノ如シ
東側　　　約五丈
北側　　　約四丈八尺
西側　　　約二丈八尺
南側　　　約四丈六尺
　蒲桜ハ外観彼岸性ナルガ如キモ其花序ノ多少織房状ヲナスモノアルト雄理ノ数ノ多キ(約四十)トニヨリ別種（Prunus media MIYOS.）トシテ記載セラレタリ〔三好学著「石戸ノ巨桜」(「植物学雜誌」第三〇巻、第三二ー頁、大正五年)、三好学著「日本ノ桜ニ就テノ研究第一報告」(同雑誌第三四巻、第一六七頁、大正九年)参照〕花ハ白色、花径約一寸、花梗並ニ雌蓋ノ下部ニ少シク毛アリ、花序ハ撤形又ハ織房状ヲ呈シ、長サ約一寸五分、花期ハ大約四月中旬ニシテ東京ノ彼岸桜及ビ染井吉野ニ遅ルルコト約一週間ナリ
　浦桜ガ世ニ知ラレタルハ滝沢馬琴ノ「玄同放言」(文政三年出版)ニ華山ノ図ヲ戰セ、此桜ノ形状来歴ヲ詳説セルニ始マル、同書ニ示セル如ク今日ニテモ樹ノ根元ニ十数枚ノ板碑アリテ其中ノ数枚ハ幹ノ成長ニンヨリテ半バ樹中ニ包マレタリ、本員ガ大正五年及本年調査セル所ニヨレバ全碑十五枚、断碑約十三枚アリ(「玄同方言」ニハ(放、以下同じ) 全碑八本、断碑七本卜記セリ)此他ニ尚破片ノ残レルモノ及ビ少サキ塔形ノ碑アリ、今「玄同方言」ノ図ニ照ラシテ現存セル板碑ラ検セルモノ左ノ如シ(年代順ニヨル)
　（一）貞永二年(天福元年改元)トアルモノ、全碑、 南側ノ正面ニアリ基部ハ木ノ実質ニ入込メリ高三尺八寸、幅二尺二寸、厚三寸五分
　（二）寛元口年トアルモノ、全碑、東側高五尺九寸、幅一尺ハ寸五分
　（三）文応元年トアルモノ、断碑、東側、基部ハ木質ニテ包マル幅一尺一寸五分、「玄同放言」ニ図スルモノハ全碑ニシテ北側ニアり斡ニテ包マル同書ノ竪四尺六寸、横一尺五寸、厚三寸余卜記セルモノト符合セズ
　（四）文永口年トアルモノ、断碑、東側ノ中央、基部ハ木質ニテ包マレ上部ハ欠損セリ、残存ノ部分高一尺四寸五分、 幅一尺二寸五分
　（五）弘安元年トアルモノ、全碑、東側、高五尺四寸、幅一尺三寸五分
　（六）延慶元年十一月トアルモノ、全小碑、南西側、高二尺五寸、幅九寸五分
　（七）建武口年トアルモノ、全碑、北側、高約二尺、幅一尺五寸、「玄同放言」ニハ竪三尺五寸許、横一尺五寸許トアリ
　（八）延文六年口月二十日トアルモノ、小碑、東側、高二尺三寸五分、幅七寸五分、「玄同放言」ニ載セズ
　（九）貞治七年トアルモノ、小碑、西側、高一尺四寸五分、幅五寸五分
　（十）文亀元年トアルモノ、全碑、西側、高四尺三寸五分、幅一尺六寸
　此外ノモノハ年号不明ナリ、唯東側ニアル一ノ板碑ノ 年号ナキモ其形大サ及ビ碑面ノ彫刻ハ「玄同方言」所載ノ「寺内所在供養石塔竪三尺九寸許横一尺六寸」トアルモノニ符合シ現ニ高三尺八寸、横一尺七寸アリ、同書ノ全碑ノ五(永徳?)卜断碑ノ三(永正元年)ハ不明ナリ
　樹ノ正面(南側)ノ根元ニハ前ニ記セル如ク一ノ石塔アリ、是レ「玄同方言」ノ範頼石塔ニシテ高三尺二寸 (同書ニハ三尺許トアリ)基石ノ幅一尺四寸アリ
　此ノ如ク蒲桜ノ根元ニ建テタル古碑ニシテ今ヨリ百年前馬琴ノ記セルモノ概ネ皆存在シ考古ノ資料トナルハ幸ナリ、此桜ニ関シテ「玄同方言」ニ載セタル考証ノ当否ハ姑ク措キ、要スルニ関東平野ニ於ケル一大名桜トシテ保存スベキモノタルヤ言ヲ俟タズ、其所在地ノ辺鄙ナルハ偶、此樹ノ生存ヲ完カラシメタルユヱンニシテ、今後モ其保護ニ注意セバ樹齢ヲ全クセシムルコト難キニ非ザルベシ
　蒲桜ノ正面石壇下ノ入口ノ路傍二「蒲桜敷石供養」卜題セル小碑アリ、碑側ニ「石標建立総村中明治十八年四月吉日」卜記セリ、此桜ガ往時ヨリ村人ニヨリテ保護セラレタルー斑ヲ知ルベシ「又武州石戸蒲桜図」(荒木探玉喜信撰、明治二十一年出版)卜題セル一枚摺ノ着色絵図アリテ此桜ヲ詳細ニ案内セリ、斯カル案内書等アルニモ拘ハラズ世ニ知ル人少キハ惜ムべシ保存上ノ要件樹下ノ石柵ヲ拡ゲ幹及ビ根ノ損傷ヲ防ギ且、横ニ出デタル太キ枝ニ支柱ヲ施スヲ要ス、支柱ノ木材ハ白蟻ニ侵サレ其害樹幹ニ及ブヲ以テ防蟻剤ヲ施セルモノヲ用フベシ
　堂ハ桜樹ニ接近シテ建テラレ根元ヨリ堂ノ壁マデノ距離一丈七尺、枝先ヨリ堂ノ屋根マデ僅ニ三四尺ニ過ギズ、斯ク堂ノ桜樹ニ接近セルハ樹ノ保存上安全ナラザルヲ以テ適当ノ距離ニ隔離スルヲ良シトス