秩父嶺

髪をととのふ

既往症書き込む吾の隣りにて帽子目深に母はうつむく

失明の危険を言はれ入院の母術前の髪をととのふ

若き医師術後の経過良好と老いたる母の背を撫ぜくるる

緑内障病みたる母の独り居を案じて同居をすすむれど笑むのみ

術後ゆゑ無理せぬやうにと書き添へて母の好みの鯛味噌送る

病みてより夜半眠れぬと独り居の母の電話の語尾弱々し

勤め持つ身にて実家に帰る日の少なきを詫び受話器を置きぬ

いつまでも耳朶に残れる母のこゑ振り切るごとく夜半の採点

[音声でお聴きになれます]