からから揺れき 秩父嶺
秩父嶺
雪舞ふ闇
突然の電話に驚く母の死に雪舞ふ闇をひたに走れる
山間(やまあひ)の秩父の底冷え九十歳(くじふ)なる母の拍動止まりて戻らず
一合の米研ぎてある炊飯器そのままにして母は逝きたり
昨日まで洗濯物を干す母を見たると隣人いく度も言ふ
迷惑をかけたくないが口癖の母は雛の日ひそと旅立つ
通夜の客去りたる部屋に子ら三人(みたり)母の一世を朝まで語りぬ
花好きの母なりせめて祭壇を彩り豊かな花にて飾らむ
望みゐし曾孫の顔を見せられず縁(えにし)と思へど母に詫びたき
葬儀終へ戻りて立てる厨べに母の手になる刺子の布巾
玄関の花鉢二つに水やりぬ母の逝きしを花に告げつつ
何もかも常の生活(たつき)と変はらねど母在す位置に座布団ひとつ