からから揺れき 水の都
水の都
泣く吾子
早朝の駅の階段のぼりゆく若きは握る栄養ドリンク
吐き出されまた吸ひ込まるる人の波遠き日われもこの中に在りき
泣く吾子を保育所に預け人込みに心紛らせ勤めし日もあり
教職にありて余裕の無き生活(たつき)吾子の目差ときに傷かり
如月の北風(きた)強き日に生まれしと妣(はは)の言葉の浮かぶ生日
この街に住まむと決めしは古里に似たる林の美しきゆゑ
ロープかけ伐らるる櫟(くぬぎ)なすすべ の無き身は祈りの仕草に見守る
チェンソーの唸れる音に冬木立撃たれたる兵のごとく倒さる
はら底に響ける音に倒れたる櫟の枝のしばし揺れをり
伐採はけふも続けりカーテンを引きて厨にひとり過ごしぬ
古里の秩父の山に遊びゐし吾には樹々の悲鳴聞こゆる
紫雲英(げんげ)かと寄れば一面ほとけのざ主なき畑を春色に染む
大根の花懐かしと笑まふらむ農に生きにし母に供ふる
母の日に娘より届きし花束の薔薇の一本根づきて芽吹く
被災せる相馬の家のつる薔薇も五月となりて花咲きゐむか
門辺にも香の漂へる茉莉花(まつりか)を足止め仰ぐか人の声する