北本市史 通史編 近代
第3章 第一次大戦後の新展開
第2節 地域産業の発展と動揺
3 石戸トマト
トマトクリームの製造トマトの種子を採取した後の豊美な果肉の利用方法を研究した結果、農林省の技師であった草野計起が、トマトクリームの製法の発明専売特許を得ていることを知り、同氏との交渉の結果好意ある承諾を得た。これにより、トマトクリームの製造が開始されることとなった。
トマトクリームとは、従来のトマトソースと同質であったが、製造方法が違っていた。当時、トマトの加工機械はあるにはあったが、種子も生かし、果肉も生かすという機械は存在しなかった。
写真105 トマトクリーム工場
(石戸小学校提供)
また同時に、その製品を濃厚なトマトソースの缶詰として、精養軒(せいようけん)・千疋屋(せんびきや)・帝国ホテル・国分商会等の食品部に提供したところ、時価の三割高に評価された。この予想以上の好評に気をよくし、昭和二年度より積極的に製造・販売に取り組むこととなった。しかし、腐りやすいトマトを炎天下に尾久まで運ぶとなると、損害と犠牲をともなうことになり、品質を保つうえでも、自前の工場が必要であった。しかし工場を設立して販売組織を作るためには、多額の資金が必要であった。