北本市史 資料編 自然

全般 >> 北本市史 >> 資料編 >> 自然

はじめに
人間生活の舞台としての自然は、それぞれの時代における社会的要請と技術をとおして、人々と深くかかわり合ってきた。かつて人間にとっての自然は、人々を支配する絶対者として、ときには神格化された存在であった。その後、人間の知恵と技術は、自然を克服すべき存在としてとらえるようになっていった。こうした自然観の変遷を経て、いま私たちは、自然と人間を生態系を構成する互格の仲間として、理解し合うべき存在であることにようやくたどりつくことができた。
衆知のとおり北本の自然は地形・土壌・水・動植物など多くの面で変化と豊かさに富んでいる。しかし他方では、都市化の進展が確実に残された豊かな自然を侵食している。したがってバードサンクチュアリ構想や県営北本自然観察公園計画などの上位レベルの行政施策を期待するだけでなく、市ないし市民レベルでの自然との共存の図式を模索すべき時期にきているといえる。
そのために、まず私たちは何をしたらよいのか。こたえのひとつは、北本市域の在るがままの自然を正しく知ることであろう。北本市史自然編の編集は、まさにこの要請にこたえるためのものであった。以下、北本の自然とその特色ならびに資料の性格について、「地形、地質、土壌、気候、水、植物、動物」の七領域に分けて概観してみよう。

地形・地質
北本市域は、南北の長さおよそ三五キロメートル、東西の最大幅約一五キロメートルの紡錘型をした大宮台地の北寄り最高海抜地区に展開する。市域の大部分をのせる台地は洪積世に形成され、関東造盆地運動の影響を受けて、西端は荒川の低地に向かって比高の大きい崖をなし、東端は赤堀川沿いの水田地帯の下に緩やかにもぐり込んでいる。一方、北本の沖積低地は荒川左岸低地、台地西部の開析谷、赤堀川沿いの水田地帯の下に緩やかにもぐり込んでいる。一方、北本の沖積低地は荒川左岸低地、台地西部の開析谷、赤堀川に沿う地域とからなっている。
台地と低地に関する地質資料は深井戸のボーリングデータ、および市内高層建築物にかかわるボーリングデータに、文献資料を加えて構成されている。地形・地質資料の解説にみられる形成環境の推論は、どちらかといえば市民になじみの薄い地学の世界の扉をあけてくれるものとなっている。とりわけ市史編さん室の委託を受けて、担当者が自らの手で集めた台地開析谷のボーリング資料と解析結果は、第四紀の研究者にとっても興味深いところであろう。

土 壌
土壌はその土地の地形・地質・植生・気候などの自然条件のほかに、土地利用・土地改良といった永年にわたる人間の営みとが、からみ合って生成される。その点、北本市域の土壌は洪積台地・開析谷・沖積平野と変化に富んだ地形を舞台に、野菜畑・果樹園・水田・平地林・斜面林と多彩な利用形式の中で生成されたものである。いわば「土地に刻まれた歴史」そのものを反映している土壌であり、かつ関東平野の土壌を模式的に伏せもつ興味深い土壌である。
北本市域の土壌に関する文献資料は、土壌生産性分級図(埼玉県農業試験場)以外にみるべきものはない。こうした事情を踏まえて「第三章 北本の土壌」は、担当者の実地調査と分析成果に基づいて編まれた、まさにー〇〇パーセント自前の資料集ということになる。
なお北本市域の台地西部の畑に広く分布する「ヤドロ」は、かつて荒川の沖積土を人馬で運び込んだもので、「中山道麦」と呼ばれる麦作地帯成立の立役者である。土壌断面にみられる「ヤドロ」層の厚みと分布域の広がりは、洪積台地土壌の特徴と農民の努力の偉大さを余すところなく物語っている。

気 候
北本の気候については、アメダスによる中気候的な総観の中から市域の気候特性を適確に抽出し、分り易い解説を加えてある。同時に都市化の進んだ北本市域では、近年、北本宿の市街地を中心に高温域いわゆるヒ—トアイランドの形成がみられ、市域西部の高尾・荒井地区との間に明瞭な気温較差を生じている。車載温度計のよる計測のよる計測データは、この状況を如実に示している。
一方、民間伝承の天気予報ともいうべき天気俚諺についても克明な調査が行われ、都市化の進行と老農民たちの死とともに、やがて消えゆくこれらの貴重な資料を、消滅一歩手前で記録することができた。天気俚諺は採録内容と分類法に若干工夫の余地がないわけではないが、極めて貴重な記録として、民俗分野との重複を越えてそのまま収録した。これらの天気俚諺の中には、科学的な裏付けのあるものもあれば科学的根拠に欠けるものもある。この点については、担当者の通史での考察に委ねたい。


北本市域には西境を荒川が、北東境を赤堀川が流れているが、市内を貫流する大河川はない。台地では江川をはじめ侵食谷頭の湧水や谷壁からの滲出水を集めた小河川が、いくつか形成されている。
これら諸河川のうち荒川については建設省資料を、水質については埼玉県資料を用いて概観した。市内の小河川については、市の環境整備課の調査に基づき、水質(BOD)の経年劣化が資料化された。市域の不圧地下水(自由地下水)、被圧地下水については、存在状況と利用状況が農業用井戸、家庭用井戸、上水道用深井戸に関する既存資料の収集ならびに編さん室委託の実態調査によって解明され、詳細にわたる資料集を編み上げている。
なお、本章では一般的な形式による解説とともに、資料の性格上とくに必要と認められた図・表については、個別の解説を付して、理解を深めるための一助とした。解説文中には担当者の自然観が示唆に富む言葉でさりげなく述べられ、ともすれば市民に親しまれにくい資料集を身近なものにしている。

植物
北本市域の植生は、変化に富んだ地形と土地利用に大きく影響を受けて分布する。たとえば古い農家の屋敷林、由緒ある社寺林、台地上に点在する平地林、台地べりの斜面林にはそれぞれクヌギ・コナラの群集、アカマツ・ヒサカキの群集、あるいはシラカシ・モウソウチク、スギ、ケヤキなどの人工林がみられる。台地を刻む谷筋の休耕田には、ウキヤガラ・マコモ群集やフトイ群集がみられるようになり、減反政策の推進以降の植物生態の微妙な変化がめだってきた。
植生変化はこれにとどまらず、残り少ない平地林や斜面林を都市化の波が急ピッチで侵食し続けている。この意味からも県営北本自然観察公園の建設は、北本市民はもとより広く県民各層にとっての朗報といえる。
こうした動向を背景に、植物群落調査は他の自然部門以上に努力を傾注して独自のデータ収集を行なってきた。測定はブラウン・プランケの手法によりー〇メートル方形区を設定し、市内一〇地点で実施した。この成果を基として北本市域に分布する植物文化財に今後の指定が待たれる貴重木データならびに市域の開花暦を加えて、第六章は構成されている。

動物
台地部を主体に東西の沖積低地を加えて成立する北本市は、動植物の分布が極めて豊富な地域である。とりわけ台地北西端に位置する高尾・石戸宿一帯には、台地開析谷と谷頭部の湧水に発する小渓流がみられ、さらに台地上と台地斜面には現在でも平地林や斜面林が残存し、都市化の進んだ大宮台地上の残り少ない動植物の宝庫となっている。
このためバードサンクチュアリの指定問題とからんで、動植物の分布と生態に関する埼玉県の調査や、埼玉県昆虫談話会による組織的調査をはじめ、専門家による個人的研究も蓄積され、すぐれた実態報告書が公けにされている。
一方、水生動物についても、山地渓流にしかみられないオナシカワゲラや、コバンムシ、オオイチモンジシマゲンゴロウなどの珍種・奇種も発見されている。こうした豊富な棲息基盤となっているものは、大小河川、池、沼、泉など水質環境が変化に富むためである。「第七章動物」は、既存のすぐれた資料の収集成果に、市史編さん室独自の調査データを補足し、精度の高い資料集にまとめあげてある。担当者の解説も簡にして要を得ている。

<< 前のページに戻る