北本市史 民俗編 民俗編一覧

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編さんにあたって
北本市史編集委員長 大村 進
北本市史の編さん計画も、関係者のご指導とご尽力により順調に進捗し、このたび第三冊目として民俗編を刊行する運びとなりました。本書をこうして皆様のお手元にお届けできますまでの間に、関係各位がお寄せ下さいました励ましとご尽力には言葉に尽くせぬものがあります。特に現地調査の際に地元各位がご多用ななかを直接・間接ご協力くださり、快く調査に応じてくださったご好意を忘れることはできません。何故なら民俗調査は現地調査を除いては考えられないからです。
ご承知のように北本市は都心から四五キロメートル圏に属し、都心までの交通所要時間は四五分という地理的好条件の地に位置しています。そのため昭和三十五年ころから急速に都市化し、人口増と共に祖先から継承されてきた風俗慣習がすたれ、消滅していく状況にありました。かつての北本市域は、東西に荒川と元荒川の低地に限られ、関東造盆地運動の地形の特色そのままに西高東低となっており、西の台地は畑作地帯、東の低地は水田地帯から成っていて、畑作、水田の両生産様式に規定されていた農村でした。そのため両方の特色を併せ持ち、かつ江戸近郊農村としての性格をも保持していて、民俗の面でもユニークな地とされていました。そこで北本市の歴史を明らかにするために、今のうちに民俗事象を記録化しておく必要を痛感し、本書の刊行を計画した次第です。
通常、歴史研究は文献学・考古学・民俗学という三つの隣接科学の研究領域を併せもつものであり、具体的には文献・遺物・伝承の領域にまたがって素材を求め、歴史構成をするものとされています。ところが、英雄、偉人達を中心としたかつての歴史学は、文献学を中心として行われてきました。文献史料が歴史研究の主流であることは今日でも変わっておりませんが、それのみでは歴史事象を解明できないことは衆知の事実です。それは考古学や民俗学の成果が、文献学では究明できない事象を明らかにし得るという効用が広く認識されたからに他なりません。
さらに近年は、歴史学の狙いに対する考え方も変わってきて、歴史を担う主体者は英雄・偉人達ではなく、むしろ名も知られぬ庶民たち、即ち民衆であり、民衆の活躍の歴史を明らかにすることがその目的であり、意義であると認識されてきました。そこで庶民生活の変遷を物語る史料が求められてきました。文献史学の基となる史料は過去の文書、記録類が偶然に残ったか、あるいはその効用から残すべき意図のもとに残されたものであって、その内容は往昔の人間生活の一断面を表現しているに過ぎません。まして名も知られぬ庶民のくらしについてほとんど触れることがありません。それにたとえ描かれていたにせよ偏りがあり、その全貌を明らかにすることはできないのです。例えば、私たちの祖先は何を食べ、何を着、どういう住居に住み、どんなくらしをして、何を喜び、また苦しんできたかの日常的疑問にすら十分には答えてくれません。かえって文献以前の古いことの方が考古学の発掘成果などによって窺い知ることができる程です。
文献史料からは掘り起せない領域、即ち庶民の日常的くらしを明らかにするのが民俗学の領域です。文字化されていない日常的くらしを伝承の採訪を通して明らかにする民俗学の成果は、文献学や考古学の資料とは自ら異なった性格をもっています。本書は文献学が得意とする何年何月という年代観や、特定の主人公は余り登場してきません。本書に見られるのは風俗慣習や年中行事を共有してきた厶ラやイエに、世代を越えて継承され残されてきた、それでいて文字化されることのほとんどないくらしの営みなのです。
従って本書では、市域の村々(大字)で生まれ、生活してきた年輩の方々から、むかしから慣習的に行ってきた(伝承されてきた)日常のくらしぶりをお聞きしたものを基礎として編集してあります。なかには今もそれぞれのイエで行われていることが本書の中に多数見られるでしょうし、同じことが自分のムラや他のムラでも行われていることが知られ、ムラ・ムラやイエの つながりなども窺え、興味深くかつ親しみ深いものがあると思われます。そこで私たちは、自分たちが過去から今につながる歴史的存在であることを一層自覚させられるのではないでしょうか。
これらの調査は昭和五十八年から六十三年まで全市域のムラを単位として年次計画に基づいて調査し、採訪資料は二冊の調査報告書をして刊行してきました。それらはそれぞれの調査対象や目的に従って記録化された民俗資料ですが、本書ではそれらの調査資料を整理・分析し、比較検討を加え、また関連の文献史料も参考にして民俗学の方法論に基づき統合し、一二項目に章立てしました。このなかには最近注目されてきました都市民俗の視点によるものもあります。これらによって特徴づけられる市域の民俗の概観は第一章に述べられているので、ここでは繰り返しません。要は本書は、既刊の文献史料編を補うものとして、否、後刊の自然・考古資料編と併せ用うることによって北本市の歴史がより具体的にできるものとなっています。言い変えれば文献史料等をタテ軸にとれば、ヨコ軸となる水平的な豊かさをもつものとご理解いただければ幸いです。
最後に、用務多端ななか何度も現地に足を運び、会議検討と研究を重ね、このように立派な民俗誌を編集された内田編集員、金子専門調査員をはじめ、執筆に協力されました一五名の皆様や、編さん室の労苦に対し心から感謝の意を表します。
  平成元年三月

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