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第9章 年中行事

第1節 正月行事

3 正月行事

正月の供物と家例、村例
正月というと、まず餅である。餅の入った雑煮ほど正月にふさわしい食べ物はない。家族そろっていただく雑煮は、何よりも正月を実感させるものであるが、家ごとにやる行事なので、子細にみていくと意外な変化のあることがわかる。市内各地の例をみよう。

写真9 床の間のお供え餅(高尾)

下石戸上では、元日にはお供え餅とお雑煮を神棚にお供えする。雑煮は醬油味で、里芋・大根・小松菜などと、焼かない餅を入れた。雑煮には味噌味のものもあるが古くは醬油味だけだった。
下石戸上のある家では、正月の雑煮は里芋・大根・人参・牛旁(ごぼう)などの具の入った醬油味のものである。餅は入れない。神棚にお供えする時は、木でできたカミノハチ(神の鉢)という神様専用の皿に、芋・大根などの具を、箸で小さくちぎって盛る。七日まで下ろさないで、次々に上に盛り加えていく。七日にこれを下ろして、七草粥に入れる。
石戸宿のある家では、正月三が日は年男が大神宮、床の間、恵比寿大黒、荒神様に、朝は雑煮、夜は御飯を供える。神様に供える雑煮は、里芋・大根・人参・牛旁を煮たもので、餅は入れない。人々が食べる時は、これに餅とほうれん草を加える。お供え餅は作らない。
同じく石戸宿のある家では、神様へのお供えは朝は吸い物、夜は御飯と決まっていた。吸い物は、具に里芋・人参・大根を入れ、昔は味噌で味つけした。朝はこの吸い物一品だけだった。この、お神へのお吸い物には、餅は入れない。また、お供え餅も飾らない。元日には、家族も餅は食べなかった。二日の朝は、餅の入った雜煮を食べる。二日の昼は自家製のうどんを食べる。うどん用の竈があって、男女とも打ったが、男のほうがうまい。うどんはツユで食べ、テンプラも作る。夜は御飯を食べる。神様に上げる時は、灯明を点ける。消す時はうちわをつかい、息を吹きかけてはいけない。
同じく石戸宿のある家では、正月のお供え用の丸餅は作らない。神様にも供えない。正月三が日は餅は食べない。暮れにそば(蕎麦)をうっておき、それをたべる。餅を食べるのは、四日になってからである。
荒井のある家では、元日の朝は雑煮を食べる。昼はうどんを食べるが、大晦日に三日分まとめてうっておく。夜は御飯で、おかずは里芋の煮物、キンピラ、魚などで二、三日も同じ物を食べる。
高尾には、正月三が日は餅を食べないとか、十一日のサクイレ(作入れ)までは餅を食べないという家例の家がある。
深井のある家では、雜煮に入れる餅は今は切り餅を焼いていれるが、もとは焼かずにいれた。今では、鳥肉などを入れているが、もとは肉は入れなかった。雑煮のだしは、かつおぶしや煮干しでとり、醬油味にした。
同じく深井のある家では、雑煮には餅は入れない。餅はお供えが飾ってあるので、入れなくてもよいのではないかという。浅い神様用の器に、芋や大根などの雑煮の実だけを取ってお供えした。
中丸には正月に餅がつけない家例の家がある。三が日が過ぎてから正月の餅をついている。
古市場のある家では雑煮は醬油味で、大根・人参・牛蒡・里芋などを入れる。餅は、切り餅を焼かずに入れる。正月中は毎日雑煮を食べる。
これまで紹介してきたものは、カレイ(家例)と呼ばれ、ある家、あるいはイッケ(血縁関係があると考えられている同姓の数軒の家)の習わしである。注目すべきは、正月に餅をつかない、餅を供えない、食べないなどという事例である。代わりに、雑煮であれ吸い物であれ必ず里芋を入れる、神様には里芋は必ず供えるというように、里芋の重要性を認めることができよう。里芋は、日本に稲作が広まる以前から栽培されていた、南方系の作物である。
正月といえば白飯と餅という行事食が固定する以前に、里芋を行事食とする習わしがあったのである。普段の食生活は、時代とともにどんどん変化するが、伝統を重んじるモノビ(物日)の食物は変化しにくい。しかも家例は家系の特殊性を強調するので、なお変化しにくくて残ってきた。しかし、芋正月の家は、餅正月に比べ少数であり、しだいにいろいろの理由をつけて、餅を供え、食べるように変化してきた。たとえば、全く餅を供えず食べなかったものが、元日だけ遠慮したり、神様に供えるものには餅は入れないが、人々が食べるものに入れるなどのたぐいである。
このほか、神様に供える雑煮には肉や刺激臭のあるネギ(葱)を入れないなどの家例もある。年神様の神饌は清浄を重んじるため、これらのものは嫌われたのである。
また、めん(麵)類は餅とならぶ行事食で、物日にウドン、ソバを食べるメンカレイ(麵家例)の家も多い。たとえば、荒井のある家では、正月三が日朝は雜煮、昼は米の御飯に尾頭つきの魚、夜は手打ちうどんを食べる。四日目から通常の食事に戻る。
正月の料理をオセチ(お節)料理という。オセチ料理としては、カズノコ、キントン、魚を芯にした昆布巻き、ゴマメのタヅクリ、手製の羊羹、お汁粉などがあるが、これらはお客さん用で、家族で食べるのは、雜煮のつまとして食べるキンピラゴボウぐらいだったという。

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