実録まちづくりにかける集団

北本この人 >> 実録まちづくりにかける集団

第2編 「わぁ、つくしんぼみたい、わたしのおうち」
   あそびの学校が歩んだ十三年

七 楽しくなればついてくる子供たち

できるまでやれば落ちこぼれにならない
私たち遊びの学校には「落ちこぼれ」という言葉ない。
落ちこぼれとは、できるまで待ってやれない大人が、作っている言葉である。何事でもできるまでやらせれば、決して落ちこぼれにはならない。問題なのは、できるまで大人が待ってやることができるかということである。私たち遊びの学校では、できるまで辛抱強く待つ。どうすればできるかを指導する。そして、いっしょになって完成させる喜びを作っていくのである。少しくらいできるのが遅くなったって、先にできた子を待たせておいたって、生命に危険が及ぶわけではない。それよりも、苦労して完成させたときの、子供の喜び一杯の顔のほうが、よほど感動的である。
今の世の中忙しすぎる。そして、何でも早くできる子が優遇されすぎている。「待つこと」は「手伝って早く完成させること」よりよほど大変なことである。手伝ってしまうことは、結局落ちこぼしを作ることになる。そのことは、結局、大人の「負け」でしかない。「させてやっている」意識があれば、どうしても待ちきれなくなり、子供を責め、尻を引っぱたくことになる。「一緒にできる喜びを分かち合う」意識になれば、何もあせることはないということである。

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