北本市の埋蔵文化財

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宮岡氷川神社前遺跡発掘調査報告

早川智明 吉川国男 石井幸雄
岩井住男 土肥 孝

3. 遺跡の位置と環境

 (1) 遺跡の位置と地理的環境

宮岡氷川神社前遺跡は、埼玉県北本市大字高尾字宮岡858番地にある。北本市における位置からいうと、市域の西部にあたり、国鉄高崎線「北本駅」の西北西2100メートルの地点である。ここには、氷川神社と須賀神社があって、境内を接して鎮座している。氷川神社は南を向いて鎮座し、須賀神社は東を向いて鎮座しており、この遺跡は両社のちようど前面に位置している。(位置図2ページ)
地形的には、北足立台地の北西部に位し、荒川の左岸にあって、荒川に通ずる解析谷の谷頭部に立地している。この支谷は、南の荒井地区や石戸宿地区に見られる支谷と同様に、狭長で深いのが特徴である。その規模は、長さ約600メートル、幅100メートルで、台地面との比高は9~13メートルを測る。そして、支谷の断面はU字形をなして、谷壁は急斜面となっている。支谷の向きは東から西に向かってさがっており、谷尻は、荒川の沖積地に接続している。遺跡から荒川の流路までの直線距離は700メートルである。
この支谷の谷頭は三つに分裂して台地を侵蝕しているが、この遺跡が臨む谷頭が最も奥部に侵入している。
この谷頭部には、強力に湧出する湧水があって、池(湧泉と呼んだ方が適切か)が形成されている。池の大きさは径20メートルほどあって、中には島を築いて、弁天様を祀つる一間社の祠がある。池の水深は、現在約1メートルを測るが、以前は2メートルもあり、湧水量も多く、青く澄んでいたという。池には、 ヒキガエル、ウナギ、 ドジョウ、 コイ、フナなど棲み、 とくに春先きのヒキガエルの繁殖期には、気味が悪るくなるほどたくさんのヒキガエルが集まってくる。
この湧水は、主として荒川の中流域で伏流となって、北足立台地の下層の砂礫層を流れてくる地下水であり、水温の季節的な変化は少なく、冬季で15°C、夏季でも16°C前後である。したがって冬季に野水や荒川本流の水温が低下すると、ウナギやドジョウおよびコイ科の魚族が集まってくるし、夏季には、水温の上昇を好まないコイ科の魚族がさかのばってきた。
おそらく、縄文時代の晩期のころにもこの池はあったのであろう。よしんばないにしても、湧泉はあったことはまちがいないであろう。この遺跡の立地については、この池あるいは湧泉が、遺跡を営んだ人々の生活にかかわりの深い存在であったことは容易に察せられる。それは、この支谷には他にも居住地に適する場所があるのにも拘わらず敢て池のある谷頭部を選んでいることからも肯けるところである。
遺跡は、台地の奥に侵入している谷頭部を抱くように囲続している。遺物の散布範囲は、氷川神社の前面および南東の栗園まで及び、西側は須賀神社の周辺にひがっている。散布地の地形は、谷頭部に臨む台地の縁辺であり、谷頭に向かって僅かに傾斜しているが散布地の大半は台地上の平面である。遺跡の標高は30~31メートル、池の水面との比高は9メートルの差がある。
遺跡に立って四囲を見渡しても、眺望はほとんどきかない。それは、台地の内部に入り込んでいること、平坦部が広いためなどであり、支谷の谷尻の方を望んでも、側谷に繁茂する樹木に阻まれて視界は遠くまで届かない。縄文時代の晩期の植物相が如何なる様態を呈していたか明確にはわからないが、現在よりもイネ科植物が多く繁茂していたとしても、視界が狭いことは、現在ともあまり変らなかったであろう。この点は、本遺跡における特殊性なのか、繩文晩期の遺跡にも普遍的にいえることなのか、今後注意を要する問題である。
台地を形成する地層は、基層に下末吉層とみられる黄褐色の砂質粘土層があり、その上に武蔵野ローム層が2.5メートル、立川ローム層が1.5メートルあり、表土(黒色土)が50センチメートル被っている。なお、農耕地では、荒川の氾濫土が肥沃ということで、客土した上が30センチメートル前後ある所が多い。この土は昔から馬の背につけて運んできたものと言われている。
現在の土地利用を見ると、台地上は桑畑、野菜畑が多く、支谷や荒川の河川平野は水田や麦畑となっている。しかしながら、支谷の斜面や谷頭部にはまだ、自然林が残存している。この自然林は、ケヤキ、クヌギ、ナラ、エゴノキ、クリなどが主体をなし、アカマツ、スギなどの針葉樹も若干交じっている。カシやツバキなどの照葉樹は少なく、したがって概ね温帯性濶葉樹林が卓越的である。
この付近の林野に棲息する哺乳類は、現在ではノネズミ、ハタネズミ、アカネズミ、モグラ、ノウサギ、イタチ、コウモリなどであるが、昭和初年の頃までは、キツネ、タヌキなどの獣類も棲息していたといわれる。
鳥類では、キジ、カケス、ツグミ、キジバト、モズ、オオガ、ムクドリ、サギ、ウズラ、カモなどが大きい鳥として棲息または飛来してくる。

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