石戸蒲ザクラの今昔 Ⅳ 蒲ザクラの衰えと保全
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Ⅳ 蒲ザクラの衰えと保全
2 クローン栽培の成功
これまでくり返し述べてきたように、 蒲ザクラは特異な系統の桜として植物的にも貴重な存在である。しかし、東光寺以外に存在しないということは、その稀少性を高めていると同時に、カバザクラという、種の存続が常に危うい状況にあること意味している。このため、「種の保存」という観点から、何らかの取り組みが求められていた。こうした中で昭和六十年五月、本市社会教育委員より蒲ザクラの樹勢維持と後継樹育成に関する建議書が市教育委員会へ提出され、次世代の苗木の育成事業が本格的にスタートしたのである。
育成方法の検討では、従来の「接木」「挿し木」では個体変異を起こしやすく、天然記念物であるために素材の採取が制約されること、また実生の生育では雑種となることなどが指摘され、これまでにない新たな方法を導入することが基本方針として打ち出された。
そして昭和六十三年五月、埼玉県林業試験場育種林産部における「遺伝資源の収集と整理保存」事業の一環として、「腋芽培養(えきがばいよう)による植物体作出(クローン)」による増殖を依頼することになったのである。
この増殖方法は組織培養というバイオテクノロジーを利用したクローン増殖で、 母樹の「からだ」の一部をそのまま培養の材料に用いるため、遺伝的にも安定したクローンを作り出すことが可能だといわれている。とくに今回は、葉の付け根にある芽(腋芽)を利用する「腋芽培養」といわれる方法で研究が進められた。
第37図はこの手順を示したものである。まずは春先に伸長した枝を採取し、その枝の葉を落として、腋芽を含んだY字形の節を材料とする。その材料を薬品で表面殺菌後、腋芽から茎葉を伸長させるための培地(初代培地)に植えつける(初代培養)。この培地とは植物の成長に必要な無機塩類、アミノ酸、糖、植物ホルモンなどの栄養源を寒天などでゼリー状に固めたものである。この時点で、蒲ザクラに適した成分組成の培地を作り出すことが最初のハードルである。適した培地に植えられた植物体は、新たな茎・葉が伸長してくる。そして再生した新しい茎葉の腋芽を新たな素材とし、これを数種類の培地に植えつけて二回目の増殖試験を行うが(継代培地)、ここで健全に成長できる培地組成を発見できれば、新しい腋芽の一部を次々と再利用することで、無限にクローン増殖が可能となるというわけである。
第37図 蒲ザクラのクローン増殖
❶5月上旬の新梢採取。葉を切り落とす。
❷撹拌しながら70%エタノール1分間、1%アンチホルミン15分冏、1.5%過酸化水素水10分間で表面殺菌。
❸切口を切り戻し、培地に挿し付ける。約1か月で苗が形成され、初代培地の腋芽を再利用し、増殖される。
❹再生した植物体を切り取り、培地に差し付け、約1か月で発根。
❺外環境に馴らすため、高湿度で1か月養生。
そして平成三年に育成したクローン苗一五本は、平成七年三月九日に北本へ里帰りすることとなり、市内の小・中学校に植栽された。ついで平成八年十一月十二日には、次世代のクローン苗一六本が、市内の各公民館などへ植栽されている。植栽された苗木の大半は、順調に生育しており、ここに「種の保存」としての事業は成功し、一応の完結をみたのである。
第38図 培養中のクローン苗
第39図 植栽されたクローン苗(宮内中)
第40図 成長した初代クローン苗(石戸小学校:平成19年)