石戸蒲ザクラの今昔 Ⅳ 蒲ザクラの衰えと保全

社会1 >> 石戸蒲ザクラの今昔 >> Ⅳ 蒲ザクラの衰えと保全 >>

Ⅳ 蒲ザクラの衰えと保全

3 樹勢回復の取り組み

かつて「日本五大桜」に数えられていた蒲ザクラは、戦後になるとしだいに樹勢が衰え、一時は危機的な状況に陥っている。

第41図 昭和44年当時の蒲ザクラ

昭和四十四年四月十七日の読売新聞には、「年には勝てません/北本・天然記念物の蒲桜/特効薬なく枯死寸前」という表題の記事が掲載され、写真のキャプションには「姿を消しそうな天然記念物の蒲桜」とまで報道されたのである。記事によれば昭和二十四、五年ころから虫害などの痛みがひどく、同四十一年九月の台風によって、四本あった支幹の二本が根元から折れ、その後も高台という風当たりの強い立地が災いして、しだいに花をつけなくなったのだという。
戦後の混乱期から高度成長期という時代の趨勢の中、地域の文化財に対する保護意識が高まる前に蒲ザクラが衰えていったことは、この桜にとって不運なことというべきであろう。掲載された写真の蒲ザクラは、巨大な二本の支幹にほとんど枝が認められない。著しい腐朽によって、 まさに枯死寸前の痛々しい姿をさらしていたことがうかがえる。コラム④で紹介する水上勉の『櫻守』中の記述は、水上氏がこの時期の蒲ザクラを見た上での批判であったと思われる。もちろん、 この時期にも支柱の設置や防虫・防腐処置を施し、手をこまねいていたわけではないが、その効果が表れることはなかったのである。
その後、昭和四十八年には、蒲ザクラの根元に林立していた板石塔婆を収蔵庫に移設する工事が行われ、その際に枯死した幹の大木を切除している。この施工で蒲ザクラへの負担が軽減したのか、幸いにも四年後の昭和五十二年春には花を付け、『広報きたもと』の五月一日号では「実に一〇年ぶりの開花」と記事が掲載された。
さらに、昭和五十六年には、周辺の環境整備として、❶問題視されていた石垣の撤去、❷保護区域の拡大、❸石柱の移動、❹竹垣の設置、という大規模な保護事業を実施し、引き続き環境の適正化に努めている。
その甲斐もあって、蒲ザクラはこの頃からしだいに花つきを増すようになり、樹勢の安定が図られたかに見えた。しかし、やはり幹の腐朽の進行を止めることは難しいため、これまでの周辺整備けではなく、直接、腐朽部 の処置を行う必要が生じたのである。

第42図 10年ぶりに開花した蒲ザクラ

第43図 石垣を撤去した蒲ザクラ

この処置は、人体でいえば外科的な手術のようなもので、腐った患部を削り取りそこを閉鎖するという方法がとられる。もちろん専門的な知識と経験の豊富な樹木医が診断し、慎重に施工されることはいうまでもない。ただし、その処置は一度きりで終わるものではなく、第1表に掲げるように、これまでに都合六回の処置が行われてきた。
第1表 蒲ザクラ腐朽部処置一覧
施工年 処置内 
昭和57年 腐食部除去、防腐剤塗布、 
モルタル仕上げ。
平成2年 腐食部除去、防腐剤塗布、 
防水モルタル仕上げ。 
平成7年 モルタル除去、殺菌処理、木炭充填、 
シリコンコーティング。 
平成15年 既往施工箇所補修。土壌改良。 
平成17年 幹閉鎖物撤去。腐朽部抗菌処置。 
平成19年 高所作業車による腐朽箇所の詳細調査、 
抗菌処置。 

第44図 樹勢回復事業(平成7年)

その施工方法は、その年によって若干異なっている。これはその時どきにおける最新の治療方法を導入してきたためで、それを象徴しているのが平成十七年の幹を閉鎖している構造物の撤去と抗菌処理であろう。それまでは削った幹を復元するため、ウレタンや鉄板で閉鎖してきたが、この方法では幹内がうっ閉する懸念があり、これを解消するために最新の方法が用いられたのである(第45図)。
また、患部の処置は樹勢そのものを直接高めるものではなく、木に活力を与える基本は何といっても根の活性化にあるといっても過言ではない。
そこで、これについても平成十六年から新しい試みが行われている。「フクラ緑化システ厶」というこの方法は、液肥を土中に噴射することで、➊根系を痛めずに上壌改良、❷根系繁茂を促進、 ❸酸素・水・養分の吸収力増加、❹生理機能を活性化、することにより、樹木を自らの力で再生させるという画期的なものである。
同システムの施工後、すでに三年を経過しているが、現在では、花つき、新芽の伸長、形成層の発達などで目覚しい成果が表れている。
平成十年、幹に腐朽性キノコの発生が確認されて以来、腐朽菌は確実に蒲ザクラを蝕んでいることは疑いない。そして、現在の樹木医の常識に照らせば、腐朽菌に侵された樹木は再生しないといわれている。
しかし近年、最新の樹勢回復の効果もあり、腐朽した枝にも形成層が発達し、力強い新梢が伸びている様子が観察されている。これからも幾星霜を生き続けてきた蒲ザクラの生命力を信じ、最新の治療方法をもって蒲ザクラの再生に尽力していかなくてはならない。


第45図 閉鎖物を撤去した幹

第46図 フクラシステムの施工

第47図 伸長する梢と花芽

<< 前のページに戻る