北本市史 通史編 近代

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第3章 第一次大戦後の新展開

第1節 地方自治制の再編成

1 地方改良運動から民力涵養運動へ

村教育会の巡回講話
北足立郡の模範村として一躍石戸村の名を高めたのは、吉田村長の手腕によるところが大きい。が同時に、各種団体の支援も忘れることはできない。とくに石戸村教育会は、吉田村政下における改良事業の積極的支持者であり、強力な推進母体であった。というのも、この村教育会はそもそも吉田村長が小学校長と有志にはかり、村内の小学校教員に呼びかけて結成したものであるから、その成立経緯(けいい)からして当然のことといえよう。
村教育会の活動で地方改良に直接かかわるものに巡回講話会がある。本会は「戊申詔書(ぼしんしょうしょ)ノ御趣意ニ基キ石戸村治ノ向上発展ヲ期スル」(第二条)ことを目的とし、その目的を逹するため村内を一九区に分け、毎区へ夜間出張講話を催した。その一九区とは、次のとおりである。
  第一部
第一 ニッ家
第二 久保新田 
第三 台原
第四 原 上分・下分
第五 本村
第六 北原
第七 谷足 前・中後
第八 鳥ノ木・丸山
第九 東原

  第二部
第一 九丁
第二 堀ノ内
第三 上宿・下宿
第四 横田
第五 久保・城中
第六 荒井南・上分南
第七 馬場・上手
第八 宮岡
第九 河岸
第十 北袋  

(『石戸村郷土誌』より引用)


この講話会開催の様子について、明治四十二年(一九〇九)十一月二十八日の『埼玉新報』は、「北足立郡石戸村に於ては、役場吏員、小学校職員及有志者相謀(はか)り、巡廻講話会なるものを組織し、七八人宛(ずつ)二部に分れ、本月十三日より廿二日迄(まで)十日間毎夜七時半より十一時半迄村内各区に出張し、村治に関する夜間講話を終結し、其の効果多大なりと云ふ」と伝えている。

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