北本市史 通史編 現代
第2章 都市化から安定成長へ
第6節 都市化と変貌する北本
2 増える住宅
北本団地の進出北本における住宅進出の最大のものは、日本住宅公団北本団地(以下北本団地)の建設であった。北本団地建設の際に発生が予想される様々な問題について公団側と町との間で取りかわされた覚え書については、すでに第二章第一節で扱っているので、ここでは建設そのものについてみてみたい。
北本団地建設が着工されたのは昭和四十四年三月のことであった。両大師に近い広い水田地帯で、北本駅から西口方面へ徒歩一五分の立地条件に恵まれた地であった。敷地が約二三万六〇〇〇平方メートルという広大な面植のため、工事が完成するまでにはかなりの日数を要した。
昭和四十六年九月二十七日、完成した団地に入居が始まった。入居開始当日は一ニ〇戸の入居があり、完了するとニ一〇九戸という大団地であった。四十六年十月一日現在の北本の全世帯数が八六六七戸であったことを考えると、北本団地の二一〇〇戸が北本にとっていかに大きな比率を占めるものであったかがよくわかる。
団地内では商店、診療所(しんりょうしょ)、歯科診療所、郵便局、銀行出張所も営業を始め、団地内児童を対象とした小学校や保育
所も開校・開所されるなど、一大生活圏が形成された。このため北本団地の建設は、北本に大きな団地が進出し、人口が増加したということのみでなく、北本の都市化に大きな影響を与えることとなった。それは、団地建設に合わせて、北本駅こ線橋の建設、西口広場の整備、西口中央通りの道路の整備が関連して行なわれたことに現われている。これらの整備事業は、直接的に西口の開発促進につながることとなり、団地建設と合わせてまさに「都市化する北本」の象徴であった。